約 3,810,925 件
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18233.html
「律先輩も純を止めて下さいよ……。 後で皆で食べるって話をしてたじゃないですか。 こんな行儀の悪い食べ方されたら、律先輩も嫌じゃないんですか?」 これ以上純ちゃんに言っても仕方が無いと思ったのか、 気が付けば、注意の矛先がいつの間にか私の方に向いていた。 私は純ちゃんと顔を合わせて苦笑した後、梓に返してやる。 「別に私は気にしないぞ? 純ちゃんの気持ちも分かるしさ。 やっぱこういうオールスターパックは、 一口ずつ好きなのを食べるのが醍醐味ってやつだからな! ねー、純ちゃん」 「そうですよねー、律先輩」 純ちゃんと二人で梓に笑顔を向けてやると、 梓が頭を抱えて「もういいです」と溜息を吐いた。 そのまま習慣で愛用の学生鞄を長椅子に置こうとして、 でも、長椅子には私が転がってるのを思い出したらしく、 自分が使ってる机に向かって学生鞄を置き直した。 その一瞬、私は見逃さなかった。 去年、修学旅行の京都土産にプレゼントしたキーホルダーが、梓の学生鞄に付けられてる事に。 梓がそれをまだ付けてくれている事に。 大切にしてくれてるんだな、ってすごく嬉しくなる。 私達五人揃って『け』『い』『お』『ん』『ぶ』になる、おそろのキーホルダー。 何だかもうとっても懐かしい。 まあ、大切にしてるわりには、 梓の奴、二回もその『ぶ』のキーホルダーを落としたんだけどな。 一回目はともかく、二回目は本当に大騒ぎになった。 二回目は梓の学生鞄のキーホルダーが無くなってる事に唯が気付いて、 梓も唯に指摘されて初めてキーホルダーを落とした事に気付いたらしく、 受験シーズンだってのに、軽音部総出で学校中捜し回ったもんだ。 キーホルダーすぐに見つかったからよかったけど、 もしも見つからなかったら、受験なんかより梓の事が気になって仕方が無かっただろうな。 まったく……、困った後輩だよな……。 でも、梓がどうしてキーホルダーを落とす事になったのか、その原因には心当たりがある。 とは言っても、直接的な原因じゃなくて、落とすきっかけの一つってやつかな。 梓の教室に行ってみた時、何度か目撃した事があるんだよな。 梓が学生鞄からキーホルダーを外して、手のひらに持って嬉しそうに見てた所を。 手のひらの中の思い出を本当に嬉しそうに……。 多分だけど、そうやって何度も外してたせいで、 キーホルダーの留め金が緩くなっちゃったんだろうと思う。 それで二回もキーホルダーを落とす事になっちゃったんだ。 想いの強さのせいで思い出を失くしちゃうなんて、何とも皮肉な話だ。 でも、それはそれだけ梓が私達との思い出を大切にしてる、って意味でもあって……。 その梓の想いがくすぐったくて、嬉しくて、ちょっと切ない。 ちなみに今はキーホルダーを落とす心配は少なくなってたりする。 二回も落とした事で梓も勉強したらしく、 パスポートを入れるみたいな透明のケースにキーホルダーを入れて、それを学生鞄に付けてるんだよな。 そのキーホルダーの姿はちょっと不格好に見えるから、 留め金を丈夫なのに変えればいいんじゃないか……、って言うのは野暮だった。 きっと梓は、留め金も含めてそのキーホルダーを大切にしてくれてるんだろうからな。 「もういいよ。 すっごく気持ち良かった。ありがとう、憂ちゃん」 言って、憂ちゃんに私の身体の上からどいてもらう。 「もういいんですか?」と首を傾げる憂ちゃんの頭を撫でて、 不敵に笑ってみせると、憂ちゃんも柔らかく笑ってくれた。 唯とよく似た幸せそうな表情。 でも、よく見ると唯とは違う表情。 やっぱり、唯は唯で、憂ちゃんは憂ちゃんなんだ。 顔は似てても中身は全然違うし、わざわざ唯を思い出して憂ちゃんと触れ合う必要もない。 何となくだけど、今日憂ちゃんとちょっとだけ触れ合えて、 これからは少しは緊張せずに憂ちゃんと付き合っていけるような気がした。 私は立ち上がり、軽くなった気がする身体で梓の隣に向かう。 そのまま梓の首に後ろから腕を回して、顔を近付けて言ってやった。 「憂ちゃんのマッサージ、気持ち良かったぞ。 そんなに溜息吐いてないでさ、後で梓もやってもらえよ。 憂ちゃんにマッサージしてもらえば、そんな気持ちも吹っ飛ぶぞ?」 「誰が溜息を吐かせてると思ってるんですか……。 それに私は別に憂にマッサージなんてしてもらわなくても……」 「梓もやってもらえばいいじゃんー。 憂のマッサージ、すっごく気持ち良いよ? あっ、……んっ! 憂っ、そこっ! そこが気持ち良いよ……っ!」 そう言ったのは純ちゃんだった。 私が長椅子から身体をどかせた瞬間、 憂ちゃんの下に身体を滑り込ませて、マッサージを始めてもらっていたらしい。 はえーな、オイ。 まあ、純ちゃんの気持ちも分かるけどな。 憂ちゃんのマッサージは本気で病み付きになる。 純ちゃんが夢中になっちゃうのも仕方が無い事だろう。 「梓ちゃんも後でおいでよ。 梓ちゃんは今日も外回り組だったでしょ? あんまり自信無いんだけど、少しでも梓ちゃんの疲れを落としてあげたいんだ。 私に出来るのって、それくらいだから……」 憂ちゃんが甘えたような視線を梓に向ける。 マッサージするのは憂ちゃんの方なのに、 マッサージをさせてほしいって梓にねだってるみたいだ。 何となく、その気持ちは分かる。 私が皆の為に何かをしてあげたいように、 憂ちゃんだって誰かに何かをしてあげたいんだろう。 特に憂ちゃんはこの世界を調査する側じゃなくて、 皆の帰りを待っている側だから、余計にそんな気持ちが増して来るに違いない。 梓もそれは分かってるらしく、 複雑そうな表情をしていたけど、でも、すぐには首を振らなかった。 憂ちゃんの気持ちは分かるけど、そこは譲れないって感じだった。 友達と密着するのを見られるのが恥ずかしいのかな、って私は一瞬思った。 その気持ちなら私も分からなくは無いしな。 でも、すぐに思い直した。 そうだ。もっと単純な理由があるじゃないか。 いつもの事だからすっかり忘れちゃってたけど、 本人にしてみればいつもの事で済ませられる事じゃないんだろう。 私は梓から身体を離して、「ごめんな」と頭を下げた。 私の突然の行動に、梓が不安そうな表情を浮かべて呟く。 「ど……、どうしたんですか、急に……? 私……、謝られるような事、律先輩にされてないですよ……?」 「いや、無理するなって、梓。 急にくっ付いたりして悪かったよ。 大丈夫か? 痛くなかったか……? 梓、おまえ、別に憂ちゃんのマッサージが嫌なわけじゃないんだろ? 日焼けが痛いから遠慮してただけなんだろ? 気付けなくてごめんな」 言った後、もう一度、梓に頭を下げる。 そうだよ。梓は日焼けしやすいんだ。 すぐに真っ黒になって、身体中がヒリヒリしちゃう体質なんだ。 今日だって外回りをしてたせいか、身体中普段より真っ黒になってる。 昔、日焼けした肌を澪に叩かれた時の痛さをまた思い出す。 あれ以来、日焼けしないように気を付けて、 今じゃあの痛さを味わう事も少なくなったけど、 梓は気を付けてもどうしようもない体質なんだよな。 日焼けってのは軽い火傷だって話を聞いた事もある。 火傷を負ってる時に、マッサージなんかされたい気分にはならないだろう。 それどころか、私に軽く腕を回されただけでも痛かったに違いない。 「そうなんだ……。 ごめんね、梓ちゃん……。私も気付けなくて……。 そうだよね、日焼けしてる時にマッサージなんかされたくないよね……」 憂ちゃんも申し訳なさそうに、 でも、梓に気を遣わせないように、苦笑を浮かべながら謝る。 梓が私と憂ちゃんの顔を交互に見ながら、焦った様子で胸の前で手を振りながら言う。 「い……、いいんだよ、憂。 憂の気持ち、すごく嬉しいんだから、それだけで十分だって。 私こそマッサージさせてあげらなくて、ごめんね……。 律先輩も、ちょっとくっ付かれるくらいなら、 少しくらい痛くたって私は別に……。くっ付いてくれても私は……」 最後の方の言葉は小声でよく聞こえなかった。 ちょっとくらいなら痛くないって事……だろうか? でも、痛い事には違いないよな。 今度から、気を付ける事にしないといけない。 私はそれをよく肝に銘じ、決心して梓に伝える。 「とにかく、ごめんな、梓。 日焼けしてる時はくっ付くのは控えるよ。 日焼けした肌のあの痛さは、私もよーく分かってるからさ。 唯にも気を付けるよう伝えとく。 スキンシップが無くて寂しいかもしれないけど、それくらいは勘弁してくれよな。 え? 別に寂しくないってか? こりゃ失敬」 そうは言ってみたけど、 私はともかく、唯にくっ付かれないのは梓も寂しいはずだ。 そうだな……。唯が風呂から上がったら、 梓に抱き着いてもいいけど、出来る限り優しく抱き着け、って伝える事にしよう。 それくらいなら梓も許してくれるだろう。 私も梓とくっ付けないのは若干寂しいけど、それは夏が終わるまでの辛抱だな。 軽く視線を向けてみると、梓が寂しそうな表情になってる気がした。 やっぱり、唯に抱き着かれなくなるかもしれないのが寂しいんだろうな。 私は梓を安心させるために、梓の頭に軽く手を置いて微笑んだ。 「心配すんなって、梓ちゅわん。 唯って奴は、注意してたってつい梓に抱き着いちゃう奴だからな。 でもさ、出来る限りは優しく抱き着けとは言っとくよ。 痛いのはやっぱり勘弁だもんな。 その分、私は控えるし、唯の事はそれで許してやってくれよな」 そう言ってみても、梓は何処か浮かない顔だった。 何かが寂しくて仕方が無いって感じだ。 ひょっとして、私とくっ付けなくなるのが寂しいのか? ……なんてな。そりゃ無いか。 梓に嫌われてるとは思っちゃいないけど、 すごく好かれてるって思えるほど私は自信過剰じゃない。 まあ……、そうだな……。 大切な先輩ってくらいには思ってくれてると、嬉しいんだけどな……。 「そういや、梓」 梓の寂しそうな顔を吹き飛ばすため、 それと恥ずかしい事を考えちゃった私の照れ隠しのため、軽く話題を変えてみる。 梓は小さく微笑んで、首を傾げて私に訊ねた。 「何ですか、律先輩?」 「ムギはどうしたんだ? 一緒に寝る前の準備をしてたんじゃないのか?」 「あ、はい、ムギ先輩はですね、 すごくお疲れみたいで、もう寝られましたよ。 皆さんに挨拶をする気力も残ってないみたいで、 寝袋で横になってすぐに寝息を立ててらっしゃっていました。 よっぽどお疲れだったんでしょうね……。 そういえば、今日は律先輩がムギ先輩と外回りをされてましたよね。 ひょっとして、律先輩がムギ先輩に何か変な事したんじゃないですか?」 「おまえは私を何だと思ってるんだよ……。 変な事なんて別に……」 別に……。 そこで言葉が止まる。 別に私はムギに変な事をしてない。 変な事が起こったのは世界の方だ。 一瞬だけ見えた生き物の……、いちごと晶の姿が私の頭の中に浮かぶ。 気のせい……じゃないはずだ。 あの横断歩道前、確かにいちごと晶が肩を並べて歩いてた。 二人が知り合いだったのかどうかは分からないけど、 そんな事よりも二人の姿を確認出来た事が嬉しかった。 二人の姿が見えたって事は、二人は元気で過ごしてるって事でいいはずだ。 人類が滅びて、私達だけが取り残されたって可能性を消せるはずなんだ。 他の皆も、皆の家族も、聡も元気で生きてるって事になるはずなんだ。 そうなる……はずだ。 そうであって……ほしい。 「律先輩?」 梓が不安そうに私の顔を覗き込む。 私が何も言わなくなった事を不審に思ったんだろう。 首を傾げながら、梓が重々しく続ける。 「もしかして、本当にムギ先輩に何かしたんですか? そういえば、律先輩、いつの間にか肘に怪我してるし、 ムギ先輩に何かしようとして突き飛ばされたとか……」 「おいおい、そんな……」 「そんな事無いよ、梓ちゃん」 私が自己弁護するより先に、そう言ってくれたのは憂ちゃんだった。 私を信用し切った顔で、笑ってくれている。 「律さんが紬さんにそんな事するはず無いよ。 だって、律さんは私達の軽音部を作ってくれた自慢の先輩なんだから。 お姉ちゃん達や私達の居場所を作ってくれた人なんだよ? そんな律さんが紬さんに変な事するわけないよ」 まっすぐな瞳に見つめられ、私と梓は言葉を失ってしまう。 勿論、梓だって本気で私がムギに何かをしたとは思ってないはずだ。 ただ私が口ごもるのが不審だったから、カマを掛けてみただけなんだろうと思う。 でも、憂ちゃんに言われて、自分が失礼な事をしてしまったと気付いたらしい。 軽く私に頭を下げる。 「すみません、律先輩。 私ったら失礼な事を言ってしまったみたいで……」 「いいよ」と言って、私は梓の頭を撫でる。 別に怒ってるわけじゃないし、皆に秘密にしてる事があるのは私の方だ。 憂ちゃんに信頼してもらえるのは嬉しいけど、悪いのは私の方なんだ……。 それはとても辛かったけど、それをここに居る皆に伝えるわけにはいかなかった。 こんな状態で、皆にはっきりしない希望は持たせたくない。 それにしても、まさか憂ちゃんが真っ先に私を弁護してくれるとは思わなかった。 憂ちゃんはいつの間に私をこんなにも信頼してくれるようになったんだろう。 梓もそれは感じていたようで、私の耳元で軽く囁いた。 「律先輩……、憂と妙に仲が良くないですか……? いえ、悪い事じゃないんですけど、 何だかいきなり急接近してるような気がして……」 その原因は私にも分からない。 ただ私も今日から急に憂ちゃんに親しみを持ててるような気がする。 朝に裸の付き合いをしたおかげなんだろうか? 何となく思い付いて、あの漫画の台詞を借りて言ってみる。 「それはひとえに湯の力ですよ、梓さん。 湯のある所に諍いは生じませんからね」 「何ですか、それ……。 確かに今朝、律先輩は憂とお風呂に入ってましたけど……」 「お、ローマのお風呂漫画の台詞じゃないですか。 律先輩も通ですね。 あっ、憂、もうちょっと下の方もお願い」 私達の会話が聞こえていたらしく、 マッサージされながら、純ちゃんが嬉しそうに言った。 純ちゃんも読んでたのか、あの風呂漫画……。 お兄さんが居るからかもしれないけど、 あのゲームのネタといい、純ちゃんも色々とマニアックだな……。 勿論、私に言えた事じゃないけどさ。 「それより律先輩、本当に肘の傷、大丈夫ですか? 皮が丸ごと捲れちゃってすごく痛そうなんですけど……」 不意に梓が私の肘を見て、心配そうに呟く。 確かに自分で見てても、すごく痛そうな怪我をしたもんだと思う。 まあ、痛そうなのは見た目だけで、実際はそんなに痛くないんだけどな。 こんな怪我より、あの時の怪我の方がずっと……。 ………? あれ? 私、そんな大怪我した事あったっけ? 昔から落ち着きの無い子って言われてきただけあって、 私は小さい頃から本当に色んな怪我をしてきた。 骨折だって何回かしたしな。 でも……、幸か不幸か、大怪我って言える怪我はした事が無かったはずだ。 じゃあ、あの時の怪我って何だ? 自分で思い付いた事なのに、何故か思い出せない。 夢の話……かな? 夢の中じゃ異世界で大冒険する事も多かったから、 それで負った怪我を思い出しただけなのかもしれない。 夢の中じゃ、何回か死んだ事あるしな。 怪我の事は激しくデジャヴって事で問題無いか。 「律先輩……? どうしたんですか? やっぱり痛いんですか……?」 私が黙ってた事を不安に思ったらしい。 梓が心配そうに私の右の二の腕を左手で掴んだ。 患部には触れないように気を付けてくれてるんだろう。 私は大きく笑い、梓の左手に軽く触れて言ってやる。 「いんや。 実はすっげー怪我に見えるけど、大して痛くないんだよなー。 ムギにしっかり治療してもらえたし、 そもそも皮だけが見事に剥けちゃっただけみたいなんだよな。 我ながら上手く身を守れたもんだ。 田井中流護身術を甘く見るなよ!」 「変な自慢をしないで下さい。 何なんですか、その怪しげな護身術は……」 梓が呆れた視線を向けながら、微笑んでくれる。 また変な先輩だって思われたみたいだけど、それでもよかった。 はっきりしない夢の話なんかしても意味無いし、梓が笑ってくれるなら何だって嬉しい。 「そういえば律先輩?」 身体を起こして長椅子に座り直し、 憂ちゃんに肩を揉まれてる純ちゃんが私に訊ねる。 「結局、どうしてそんな怪我をしたんですか? 律先輩達は今日は自転車で行動してたみたいですけど、 自転車で転んだにしちゃ肘だけ怪我するってのも変な話ですし……。 まあ、そういう怪我もあるのかもしれませんけどね……」 言い終わってから、純ちゃんは首を傾げて私の方に視線を向けた。 その表情は私の事を心の底から心配してくれてるように見える。 飄々としてて掴みにくい所がある子だけど、やっぱり不安はあるんだと思う。 私と純ちゃんはものすごく仲が良いってわけでもないけど、 純ちゃんが怪我をしたとしたらすごく心配だし、 純ちゃんだって同じ様に思ってくれてるから、心配そうな顔を見せてくれるんだろう。 特にもう八人しか居ない仲間なんだしな……。 18
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18235.html
「コラボユニットなら、新しいユニット名を考えたらどうかって思うのよ。 放課後ティータイムじゃなく、わかばガールズでもなく、 完全に新しい貴方達だけのユニット名を……。 それが本当のコラボレーションじゃないかしら?」 「新しいユニット名……」 ワクワクした様子で純ちゃんが呟く。 ワクワクしてるのは私だって同じだった。 何も出来なかった私に、出来るかもしれない何かがやっと見つかったんだ。 このユニットのライブで澪やムギ、唯を元気にしてやれるかもしれない。 でも、私はそれより先に和に伝えなきゃいけない事があった。 「貴方達だけのユニット……って他人行儀だな、和」 「どういう事……?」 和が首を傾げ、梓達も一緒に不思議そうな視線を私に向けた。 私は笑顔になって、和の肩を叩いて言ってやる。 「新ユニットには和にも参加してもらいます! 丁度キーボードが空いてるから、和のパートはキーボードな!」 「ちょっと、律……! いきなりそんな事言われても……!」 珍しく和が動揺した表情を見せる。 予想もしてなかった突然の展開だろう。 私だって数分前まで考えもしてなかったんだ。そりゃ流石の和だって驚く。 無茶な事を言ってる自覚はある。 でも、このユニットのキーボードは、もう和しか考えられなかった。 こうなりゃ勢いで攻めるだけだ。 「頼むよ、和。 ホント言うとキーボードはムギでもいいんだけど、 でも、出来る限りこのユニットには、放課後ティータイムのメンバーを入れたくないんだ。 そもそもがムギ達にわかばガールズの曲を聴かせるためのユニットなんだしな。 無茶を言ってるのは分かるけど、頼む。 分からない所があったら、私も教える。 楽譜くらいなら私も読めるしさ。 だから……!」 「で、でも……、私もキーボードなんて触った事も……」 「和ちゃんがキーボードをしてくれたら、私も嬉しいなあ……」 「ちょっと……、憂までっ?」 憂ちゃんが甘えた視線を向けると、和が軽く叫んで頭を抱える。 誰にでも毅然とした態度を崩さない和だけど、憂ちゃんには弱いらしい。 年下の幼馴染みなんだ。 そんな妹みたいな子の頼みを断れるほど、和も冷たい人間じゃない。 梓達も和に視線を向け、最後の駄目押しとばかりに憂ちゃんがまた言った。 「和ちゃん、ピアノ弾けたよね? 小さい頃、ピアノを上手に弾ける和ちゃんが羨ましかったんだ。 また和ちゃんのピアノを聴かせてくれたら、私、すっごく嬉しい!」 「いつの話してるのよ、憂……。 ピアノが弾けたのはすごく昔の話よ? 今じゃ犬のワルツが軽く弾けるくらいだし……」 「犬のワルツ……?」 私が訊ねると、梓が私の耳元で囁いて教えてくれた。 「『猫踏んじゃった』のロシアでの曲名ですよ、律先輩」 「ああ、『猫踏んじゃった』か。 梓も変な事知ってんな……。あ、和もか。 でも、それなら私も知ってる事があるぞ。 『猫踏んじゃった』って、楽譜で見るとすっげー難しそうな曲なんだって。 それが弾けるんなら大丈夫だよ、和。 何も私達は難しい課題曲でコンテストに参加するわけじゃないんだし。 なあ、梓? 私達に聴かせようとしてた曲って、そんなに難しい曲じゃないんだろ?」 「はい、新人も多いですし、それほど難しい曲じゃないです。 えっと、ですね……。 私達が演奏するつもりだった曲は……」 少し躊躇いがちに梓が私の耳に口を寄せる。 何を恥ずかしがってるんだろうと思ったけど、聞いてすぐにその理由が分かった。 なるほどな……。 確かにその二曲を演奏してくれるなんて、私だって照れ臭くなる。 私達の中で特に思い入れの強い二曲だしな。 そんなに難しい曲ってわけでもない。 練習すれば、和だってすぐに弾けるようになるはずだ。 もう一度、私達は和に視線を向ける。 強い強い視線。 和は顔を赤くして、何度か眼鏡に触れてたけど、遂に折れて言った。 「分かったわよ……。 どうしても嫌ってわけじゃないし、私だって唯達の喜ぶ顔は見たいもの。 ただし、教えるって言ったからには、ちゃんと教えてもらうわよ、律? いつもの書類みたいに忘れるのは許さないわよ?」 私は「分かってるよ」って笑った後、 和の手を取って「ありがとう!」って大声で叫んだ。 こうして、私達の新ユニットの結成が決まった。 先の見えない世界だけど、 私達のライブで、澪達を元気付けられたらいいなって思う。 ◎ 「というわけで、 これから新ユニット第一回企画会議を始める」 和の手を握るために歩み寄っていた元ムギの席の近くから、元梓の席に戻って座る。 そのまま机の上で手を組んで顎を乗せ、私は凛々しい表情を浮かべてみせた。 「律さん、格好いいです!」 いつかの唯みたいに、憂ちゃんが私を褒めながら拍手する。 それに続いて純ちゃんと梓、和も軽く拍手をしてくれる。 何だか懐かしい感覚だ。 同時に新鮮でもある。 私と和が留年してたら、今頃は本当にこういう軽音部になってたのかもしれない。 いや、私はともかく、和が留年する事は無いだろうけどさ。 「それでまずは何を会議するつもりなのかしら?」 会議には慣れ親しんでるはずの和が、私に静かに訊ねる。 自分も関係する事になったってのに、 騒ぐわけでもなく、緊張して様子もなく、落ち着いた態度だった。 そりゃ元生徒会長なんだ。 自分が関係してようと、会議なんてお手のものなんだろうな。 企画会議の議長は和に譲るべきかも、 って一瞬思ったけど、すぐに思い直した。 言い出しっぺは私なんだ。 会議は苦手だし、私じゃ力不足なんだろうけど、 出来る限りは私が責任を持って、このユニットを引っ張っていきたい。 練習の指示なんかは梓にやってもらう予定だけどな。 いやいや、手を抜いてるわけじゃないぞ。 この新ユニットはあくまでわかばガールズメンバーの臨時ユニットなんだ。 私や和は単なる助っ人なんであって、 練習の仕方や指導、演奏する曲目なんかは現部長の梓に任せた方がきっといい。 その方が本来のわかばガールズに近い演奏が出来るはずなんだから。 勿論、梓一人じゃどうにもならなくなった時には、 さりげなく手助けをするつもりだけど、多分、そんな心配は無いだろう。 この四ヶ月、梓は新軽音部を引っ張って来た。 憂ちゃんや純ちゃんの助けがあったからでもあるんだろうけど、 それだけ部員に慕われるのも梓の実力だし、きっと梓は私よりも部長に相応しい人材だとも思う。 まあ、前の軽音部の部長に相応しかったのは、私だってのは譲らないけどな。 つーか、部長が出来た奴が他に居なかったとも言うな。 澪は人の前に立てる性格じゃないし、 ムギは陰から人を支えるタイプだし、唯については言わずもがな。 あ、でも、唯が部長ってのも意外と面白かったかもしれない。 あいつの発想は毎回どこかずれていて、それが私達に驚きと新鮮さをくれる。 唯が部長なら、どこかずれてるけど、面白くて特別な軽音部を結成出来たかもな。 でも、唯が部長だと色々大変そうだな……。 そう思えて、何だかちょっと苦笑してしまう。 「……律? どうしたの? 会議の議題、考えてなかったの?」 和が首を傾げて私に訊ねる。 おっと、今は企画会議の最中だった。 言い出しっぺとして、ちゃんと最低限の責任は果たさなきゃな。 私は咳払いして、「悪い悪い。ちゃんと考えてるって」と和に謝ってから続ける。 「会議の議題は和の発案通り、新ユニット名から考えたいと思ってるんだ。 実は一年以上バンド名を考えてなかった私が言う事じゃないんだけど、 やっぱり名前ってのは大切な物だと思うんだよな。 結局、さわちゃんに付けてもらった名前なんだけど、 『放課後ティータイム』ってバンド名が決まってから、皆の心が近付いた気がするんだよ。 最初こそ『放課後ティータイム』っバンド名は無いだろって思ってた。 私としては、もっとカッコいい名前が良かったしな。 でも、その内、愛着が湧いて来て、 いつの間にかこの名前しか考えられなくなってた。 勿論、唯や澪達もそうだと思う。 だからさ、名前を付けておくのは大切な事だって気がするんだよ。 思い付いた名前があったら、どんな名前でもいいから各自言ってくれないか?」 言い終わってから、私は全員の顔を見回した。 純ちゃん、憂ちゃん、和、梓がそれぞれ真剣な顔で考え込んでるみたいだった。 皆、どんな名前を考えてるんだろう。 私の中でも何個か候補はあったけど、 正直、どんな名前でも良いんじゃないかって思ってる。 皆で考えて、皆で納得出来る名前があれば、どんな間抜けな名前でもそれでいいんだ。 十秒くらい経った頃、 真剣な表情を私に向けて、純ちゃんが手を挙げた。 「はいっ! 田井中議長っ!」 「はい、佐々……鈴木さん!」 「……律先輩、また私の苗字、間違えませんでした……?」 「気にしないでくれ。 では、鈴木さん、思い付いたユニット名をどうぞ!」 「もう……、律先輩ったら……。 んー……、ま、いいか。 んじゃ、私の考えたユニット名を発表しますね。 『ウィー・アー・レジェンド』ってのはどうでしょうかっ? カッコいいと思うんですけど、どうですかねっ?」 純ちゃんが立ち上がって、興奮気味に拳を握る。 本気で推したい名前なんだろう。 確かにカッコいい名前なんだけど、何処かで聞いた事がある気がするぞ。 何だったっけ? 私が首を捻って考えていると、呆れ気味の口調で梓が突っ込んだ。 「純……、それ映画のタイトルのパクリじゃない……。 前、純の家で一緒に観たの憶えてるよ。 まあ、あっちは『アイ・アム・レジェンド』だけどね」 あー、あの映画か。 私も聡がレンタルして来たのを一緒に観た事がある。 そういや、確かあの映画の設定は……。 私の考えをよそに、純ちゃんが少しだけ頬を膨らませて続ける。 「パクリじゃないよ。オマージュって言ってよね。 それにこれはあの映画と私達の状況が似てるって意味も込められてるんだから。 誰も居ない世界で伝説となる私達のロックバンド……! どう? カッコいいでしょー?」 そうそう。 あの映画はそういう設定だった。 まあ、誰も居ない世界って設定だったはずが、 CMでは人の姿が映ってるっていう速攻ネタバレがあったんだけどな。 いいのか、それ。 別にそれは重要な設定じゃないって事なんだろうけどさ。 でも、純ちゃんの言う通り、カッコいい名前ではあった。 今の私達の状況とぴったり合ってるっていうネーミングの由来もある。 やるじゃん、純ちゃん。 こりゃ反対意見が無かったらこれで決まりかな? 私はそう思ってたんだけど、 それには梓が首を振って「その名前はやだな……」って言った。 その表情は少しだけ辛そうに見える。 梓の表情を見た純ちゃんは、表情を曇らせて訊ねる。 「どうして? 私は普通にカッコいい名前だと思うんだけど……」 「うん……、確かにカッコいい名前だとは思うよ? でもね、純……。あの映画の結末って……」 「結末……? ん……、そっか……。そうだったよね……」 純ちゃんが席に座り、申し訳なさそうに呟く。 あの映画の結末か……。 はっきりとは憶えてないけど、確か主人公が伝説になっちゃうんだよな。 伝説になる事自体はいいんだけど、主人公個人としてはあんまり幸せな結末とは言えない。 私だって……、この状況がその主人公と同じ結末を迎えるのは嫌だ。 伝説になんかならなくていい。 元の生活に戻れさえすれば、 私達にとっちゃそれでハッピーエンドなんだから。 「ごめんね、梓。 私、カッコいい名前だって思ってから、それ以上の事をよく考えてなかったみたい。 そうだよね……。そういう事も考えておかなきゃね……」 純ちゃんが頭を下げると、梓も苦笑しながら頭を下げて謝った。 「ううん、こっちこそごめん、純。 我ながら神経質だって思うんだけど、ついそんな風に考えちゃって……。 カッコいい名前を考えてくれてたのに、ごめんね……」 どっちも悪くない、って私は思った。 純ちゃんはカッコいい名前を思い付いて、皆に発案した。 梓はそのネタ元の結末に嫌なイメージを持った。 それだけの事なんだ。 二人とも間違った事なんかはしてない。 それだけに、これから梓と純ちゃんに出来る事は、お互いに謝り合う事だけになってしまう。 二人とも悪くないんだから……。 だけど、そんな事をさせちゃいけないんだ。 こんな時こそ、普段はあんまり役に立たない私の言葉が必要なんだ。 私は軽く笑ってから、表情を曇らせる純ちゃんに言葉を届ける。 「純ちゃんが考えてくれた名前、カッコいいと思うよ。 でも、悪いんだけど、私も梓と同じくちょっと反対だな。 映画の結末がどうのって話じゃなくてさ……」 「え……? どうしてですか、律先輩?」 「略称が作りにくいんだよね。 『ウィー・アー・レジェンド』じゃん? やっぱ、バンド名は略しやすくて憶えやすい名前が一番だよ。 『ウィーレジェ』って略せなくもないけど、ちょっと語呂が悪いよね。 『We Are Regend』の頭文字だけ取って、W・A・Rで『ウォー』ってのもアレだし」 「それは確かに……。 『ウィーレジェ』は言いにくいし、 『レジェンド』だけだと他のバンドと被りまくりそうですよね……」 純ちゃんが少し笑って頷いてくれる。 視線を向けてみると、梓の表情も緩んでるみたいだった。 どうやら、少しは議長の役割を果たせたみたいだ。 そう思った瞬間、和が深刻そうな表情で呟いた。 「ねえ、律……。 こんな時にすごく言いにくいんだけど……」 「な、何だよ、和……」 「レジェンドのスペルはL・E・G・E・N・Dで頭文字はLよ。 律……、W・A・Rでウォーって事はスペルをR・E・G・E・N・Dって間違えてたでしょ」 「うっそ、マジで!?」 思わず叫んでしまった。 スペル間違いとか恥ずかしい……。 しかも、確か受験の時の英語の長文で、伝説をRegendって書いた覚えあるぞ……。 あそこ配点高かったのに、間違えてたって事かよ……。 よく受かったな、私……。 恥ずかしくなって頭を掻いてると、 梓が今にも笑い出しそうな顔で私を見ている事に気付いた。 完全に馬鹿にされちゃってる気がするぞ……。 梓が笑ってくれたのは嬉しいけど、馬鹿にされるのはちょっと悔しい。 私は口を尖らせて、梓に向けて呟いてやる。 「何だよー……。 私のスペル間違いより、今大切なのは新ユニット名だろー……? 梓は何か名前を思い付いてないのかよー……?」 「私ですか……? いえ、思い付いてなくはないんですけど……、まだちゃんと固まってなくて……」 「ちゃんと固まってなくていいんだよ。 そのための会議だろ? 思い付いた先からとりあえず言ってみてくれよ。 駄目なら駄目って事にしておかないと、新しい名前も考えられないだろ?」 「それはそうなんですけど……。 うー……、そうですね……、分かりました。 じゃあ、単に思い付いただけの名前ですけど、笑わないで下さいよ?」 「笑うかどうかは聞いてみないと分からん。 ま、とりあえず言ってみてくれよ」 私が言うと、梓が顔を少し赤くした。 そんなに変な名前を思い付いたんだろうか? いや、変な名前って言うより、自分のネーミングセンスに自信が無いのかもな。 梓は私と同じく作詞とかには全然関わって来なかったから、 新ユニットにはどんな名前が合うのか見当も付かないんだろう。 数秒躊躇ってから、ぼそっと呟くように梓が言った。 「『ほうかごガールズ』……。 ほうかごは平仮名です……」 「まんまかよっ!」 「そのまんまっ?」 私と純ちゃんの突っ込みが重なる。 途端、梓が顔を真っ赤にして、顔を伏せた。 「だから……、ちゃんと固まってないって言ったんですよー……!」 20
https://w.atwiki.jp/msrmyaru/pages/27.html
無線で操縦する模型のヘリコプターです。 高性能化に伴いとんでもない飛び方が出来るようになりました。 このサイトに来られた方ならYouTube等の動画サイトでごらんになった方も多いと思います。 これらの本格的な模型ヘリは扱い方を間違えると危険なものです。 人に当たれば死亡事故にもつながるほど危ないものです。 ラジコンヘリに使われるリチウムポリマー電池も扱いを間違えると危険で、家や車を焼いたと言う話も聞きます。 大型ヘリ?を扱う場合にはベテランの指導を仰ぎ、専用飛行場で飛ばす必要があります。 万が一に備えてかならず保険?にも入りましょう。 危険をコントロールするのもラジコンヘリの楽しみです。 Written by管理人
https://w.atwiki.jp/dragonquest10/pages/84.html
とざされた牢獄 TOP マップ ガナン帝国領 ガナン帝国城 とざされた牢獄 [#zefd3be9] 宝箱 [#o79263be] 出現モンスター [#cefb9835] 宝箱 ちいさなメダル とうしのうであて 青い宝箱*1 B6F(A) 出現モンスター 名前 シンボル 出現フロア 備考 ウィングデビル ガメゴンロード キラークラブ クローハンズ シュプリンガー だいまじん てっこうまじん ナイトリッチ ボストロール ワイトキング ミミック - B6F 青い宝箱(A)
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18281.html
私は梓から身体を離すと、目の上に手をかざして周囲を眺めながら言った。 「今更だけど、ここ、京都……だよな?」 「だと、思うけど……」 私の質問に応じながら、澪も私に倣って周囲を見回した。 それに続いて梓、唯、ムギも辺りに視線を向ける。 「やっぱり、京都……だと思うよ? おさるさんに会いに行く時、通った橋だよね?」 「ムギもそう思うか……。 だったら、やっぱりここは京都なんだろうな……。 まあ、唯の夢の中の京都って意味だけどさ……。 知ってる所で助かったけど、しかし、何でまた京都なんだよ? 京都に何かあったっけか?」 私が愚痴るみたいに言うと、唯が声をちょっと大きくして反論した。 「何言ってるの、りっちゃん! 京都ってすっごいいい所だし、また来たかったんだよ! 私、京都大好きだよ!」 いや、私も京都が嫌いってわけじゃないんだが……。 と言うか、やっぱそういう事だったんだろうな。 今回の京都もそうだけど、さっきまでいたロンドンも、 結局の話、唯がもう一度行きたかった場所だったって事なんだろう。 夢の世界とは言え、強く印象に残った場所でないと再現のしようもない。 それくらい唯は卒業旅行と修学旅行を楽しんでたって事なんだ。 まあ、私だって楽しかったけどさ。 私は苦笑しながら、頬を膨らませる唯に弁明してやる。 「私だって京都好きだぞ? でも、ちょっと困ったなーって思ってさ。 ライブやる前、競走で最下位になったの私だろ? だから、今日はハンバーグでも作ろうかと思ってたんだけど、 いきなり京都なんかに飛ばされちゃ、流石に今日のハンバーグは無理だな……」 「ええー……。りっちゃんのハンバーグ楽しみにしてたのにー……」 「仕方ないだろ、まず調理器具集める所から始めなきゃいけないんだから。 大体、今日の寝床も探さなきゃいけないわけだし……。 明日なら作れると思うから、今日は我慢してくれよ」 「うー……、残念だなあ……。 でも、そうだねー……、泊まれる所から探さなきゃいけないもんねー……」 唯と二人で肩を落として苦笑し合う。 大変な事は大変だけど、まだ五人で居られるだけマシだった。 もうすぐ離れ離れにさせられてしまうかもしれないけど、 それまでは五人で協力して元の世界に戻る方法を探していければいいと思う。 過去や現在や未来や、色んな物を胸に抱えて、背負って行きながら……。 「んじゃ、まずはカチューシャ探さなきゃなー……。 ライブも終わったわけだし、そろそろ前髪上げさせてくれ。 これ以上、このおかしー髪型で居させるのは勘弁してほしいしな……」 「あ、ちょっと待ってくれ、律」 言って、私が前髪を上げようとすると、急に澪に止められた。 何故か嬉しそうに笑ってるから、 馬鹿にされてるんだろうかって思ったけど、そうじゃないみたいだった。 澪はレジャーシートの端に置いてあるギターケースの方に歩いて行くと、 腰を下ろして「よかった、あった」と言いながら何枚かの紙切れを取り出した。 レジャーシートの上に置いていたから、ギターケースも転移させられてたんだろう。 いや、それはともかくとして。 澪はその紙切れを手元で二冊に分けると、私と梓に手渡した。 とりあえず、その紙切れに視線を落としてみる。 「『風に乗って流れる私達の今は』……。 おい、これって……」 「新曲だよ、新曲。 律達に聴かせようと思いながら、ずっと聴かせられなかったからな。 今日こそ今から演奏したいんだよ。別にいいだろ、律?」 「いや、それは別に構わないんだけどさ……、 つーか、普通、楽譜渡すのって私達に曲聴かせた後だろ。 いきなりネタバレってどういう事だよ……」 「いやいや、よく見てくれよ、律。 その楽譜はドラムの楽譜なんだぞ?」 「……あっ! 本当じゃんか! おまえ達、ドラム専門じゃないってのに……」 そう呟きながら、私は心の何処かで納得していた。 澪達が新曲を作曲してるのは知ってたけど、 それにしたって作曲に時間を掛け過ぎじゃないか、って思ってたんだよな。 何でそんなに時間が掛かってるんだろうって疑問に思ってたんだけど、今その疑問が解けた。 簡単な答えだ。私達が居ないのに私達のパートまで作曲していたからなんだ。 特に梓のパートはともかく、私無しでドラムのパートまで考えるのはそりゃ手間が掛かった事だろう。 私と梓の事まで考えてくれていたのは嬉しい。 嬉しいんだが、うん、ちょっと待て……。 「おい、澪、ひょっとしてこれ……」 「ああ、そうだ。 今から律達も一緒に演奏してくれないか?」 「ええーっ!」 梓が素っ頓狂な声を上げる。 私だって叫びたかったけど、先を越されてしまった。 梓がおろおろした様子で続ける。 「無茶ですよ、そんなの……! だっていきなり……、こんな難しい曲……!」 「そうだよ、澪。 いくら何でも急過ぎるって……! 今私達が入ったら、正直目も当てられないくらい酷い曲になるぞ?」 梓と私が波状攻撃で澪の説得に掛かる。 私達だって新曲を演奏したいけど、まだそれには早過ぎる。 これから少しでも練習を積んでからの方が……。 それを私達が言葉にするより先に、ムギが微笑みながら言ってくれた。 「いいんだよ、りっちゃん。 酷い曲になっても、私、それでもいいの。 この五人で新曲が演奏出来るって事が嬉しいって思うの。 だから……」 「私もりっちゃんとあずにゃんに新曲に参加してほしいな。 駄目……かな……?」 唯が上目遣いに私と梓に視線を向ける。 私は梓と顔を向け合って、 少しだけ躊躇って……、でも、二人で苦笑した。 そうだな……。 この世界で回り道をしてる時間が無いって思ったのは私じゃないか。 カッコつける必要はもう無い。 酷い曲だって、下手な曲だって、それが今の私達の曲なんだ。 下手だって思うんなら、これから少しずつ上達させていけばいいだけだ。 今は皆で新曲を演奏する方が大切な事なんだ。 私は頭を掻きながら、「しゃーねーな」と言ってから続けた。 「分かったよ。 多分、酷い曲になると思うけど、文句は言うなよ? 私ってこう見えて天才型じゃなくて努力型なんだからな?」 「うん……、分かってるよ、律。 ありがとう……!」 澪達が私に頭を下げるのを見届けた後、 梓は苦笑してから、譜面台に楽譜を乗せた。 梓も私と同じ気持ちだったみたいで、もう弱音は吐かなかった。 でも、最後に一つだけ首を傾げて、楽器の場所に戻る澪達に訊ねた。 「そう言えば、新曲の曲名は何なんですか? 歌詞は書いてあるみたいですけど、曲名が見当たらないんですが……」 梓のその質問に、澪達三人は顔を見合わせて笑顔になる事で応じた。 どうやら意図して曲名を書いてなかったらしい。 なるほど……、そういうネタバレだけは避けたってわけか……。 やるじゃないか……。 やる……のか……? まあ、いいか。 もう少しだけ笑顔を浮かべ終わった後、 澪達は不意に同時に息を吸い込むと、三人で声を合わせてその曲名を発表した。 「『Singing!』……! 私達放課後ティータイムの新曲は『Singing!』だよ!」 ◎ 新曲が始まる。 この世界だからこそ作曲出来た私達の新曲。 一度だけ全てに目を通してみたけど、曲よりも歌詞の方がとても印象に残った。 曲は勿論、時間を掛けただけあって相当いい出来なのは分かった。 けど、やっぱり心に残ったのは歌詞の方だった。 澪が口を開き、ベースを弾きながらその歌詞を歌い始める。 風に翻弄されて、風に乗って彷徨ってきた私達の今を歌い出す。 私達はずっと翻弄されてきた。 あの一陣の風にってだけじゃない。 人生や、生き方や、時代や、色んな物に翻弄された。 翻弄されて、怖くて、不安になった。 永遠だと思いたかった絆もすぐに崩れ落ちそうになって、 それが悔しくて自分と皆の心を縛り上げて、 無理矢理にでも傍に居る事に偽りの安心を得ていた。 そのままならきっと幸せの中に居られたんだろうと思う、偽りの幸せの中に。 だけど、私達はそれじゃいけないんだって事に気付いた。 皆が自由で、自由のままで皆と一緒に居なきゃ、決して嬉しくないんだって気付いた。 多くの間違いを重ねて、多くの失敗を重ねて、やっと歩き出せるようになったんだ。 だから、私達は道なき道でも歩いて行くんだ。 どんなに多くの不安を重ねたって。 傍に仲間が居なくたって。 一緒に居られた頃の事を胸に抱いて。 ムギが見事なキーボード捌きを見せる。 『天使にふれたよ!』と『U I』ではブランクを見せたムギだけど、 新曲に関しては何のミスも無く演奏してるみたいだった。 それだけ新曲に対する思い入れが強かったんだろうと思う。 私達の事を心配に思って大切に思ってくれていたムギ。 皆のために医学の勉強までして支えてくれていたムギ。 今は新曲で演奏の根本を支えてくれてる。 皆を大切に思ってるからこそ出来る演奏。 そんなムギを、私も今度こそ支えてあげたいと思う。 澪が精一杯の形相でベースを弾きながら、言葉を音楽に乗せていく。 臆病なのに、自分の恐怖に向き合って、誰よりも前に進む事が出来た澪。 今だって怖いだろう。 本当は逃げ出したくて仕方が無い恐怖がその身を襲ってるんだろう。 でも、逃げない。 逃げずに、多分、ほとんど澪が考えたんだろう歌詞を旋律に乗せる。 感じられるのは澪の強い意志。 どんな世界だって、澪が見ている私みたいに力強く生きてやろうって意志だ。 本当の私は澪が思うほど強くなんてない。 もしかしたら、澪だって私が思うほど強くないのかもしれない。 だけど、お互いがお互いに無い物を持ってるからこそ、 それをお互いの強さだって感じられるのかもしれない。 だったら、少しでもお互いのために強くなってやろう。 それが私達幼馴染みの関係なんだ。 唯がギターを弾きながら澪の歌にコーラスを重ねる。 この世界の根本となる夢を見ている唯。 それは唯が弱かったからでも我儘だったからでもない。 唯はきっと私達が悲しんでるのを見てられなかったんだ。 私達が悲しんで泣いていたから、私達の願いを叶えてくれたんだ。 サヴァンだか何だか、不思議な能力を使ってまで……。 今だって澪と同じマイクを使って、澪の歌を支えてくれてる。 二人で顔を合わせて、笑顔でコーラスをしてくれてる。 全ての物を大切に思う唯だからこそ、私達皆を支えてくれてるんだ。 今度は私達が唯を支える番だ。 どうすればいいのか見当も付かないけれど、絶対に唯を助けてやる。 皆と離れ離れになる事になったって、一人でも唯を助けられる方法を探すんだ。 梓……。 梓が四苦八苦しながらも初めての曲に対応していく。 基本がしっかり出来てる証拠だ。 基本を大事にして、それでいて目立ち過ぎず、フォローも怠らない。 梓を部長としている現軽音部の皆は幸せだろうなって思う。 元部長の私としては少し恥ずかしく感じないでもない。 私とは全然違ったタイプの部長の梓。 だけど、私と一番似通ったタイプなのも梓だと思う。 色んな事を抱え込んで、暴走したり失敗したり、 決して天才型じゃない自分に悩んだり、誰かの事ばかり考えてしまったり……。 一見違ってはいるけど、根本ではかなり似通ってる気がする。 だから、私達はこの世界で他の誰よりも一緒に居て、 普段見ない姿に惹かれたり、心を通わせたりする事が出来た。 私はそんな梓が好き……なんだと思う。 恋愛対象としてなのか、後輩としてなのか、仲間としてなのか、それは分からない。 それは今じゃなく、元の世界で向き合うべき事なんだろう。 元の世界に戻った時、この想いは全て消え去ってしまってるんだろうか? 私の想いも梓の想いも夢と一緒に消えてしまってるんだろうか? それは分からないけど、信じようと思う。 私達の想いはそんなに軽い物じゃなかったはずなんだって。 ほんの少しかもしれないけど、元の世界でもこの想いを憶えてるはずなんだって。 そんな風に未来を信じようと思う。 私はドラムに想いを叩き付ける。 悔しかった事や悲しかった事もあったはずだけど、そんな想いは叩き付けなかった。 今はただ皆と居られる喜びと、未来への希望だけをドラムに刻んでいく。 大体、初めての曲に嫌な気持ちを叩き付けられるほど、私は器用じゃない。 笑っちゃうくらい馬鹿な理由だけど、私はそれで何だか笑えて来た。 これからも笑えていけるような気がした。 曲が終盤に入り、いつの間にか私の胸の中にある予感が湧き上がって来ていた。 元の世界に戻れるって予感だ。 私達は絶対に元の世界に戻れる。 近い日の話じゃない。 でも、決して遠い日の話でもない。 いずれきっと唯と一緒に皆で元の世界に戻れる。 何故だかそんな確信がある。 だけど、元の世界に戻る事が私達の物語の終わりじゃない。 一つの物語は終わるけれど、私達の人生はそれこそ死ぬまで続いていく。 いや、死んだって続いていくのかもしれない。 私達の残した何かがあれば、そこから色んな物語が始まっていくんだ。 私達の物語はいくらでも終わり続けて、いくらでも始まり続ける。 それは嬉しい事であると同時に、怖い事でもあった。 物語の始まりは喜びに繋がるとは限らない。 悲しみや、怒りや、苦しみや、色んな苦難に繋がっていく事の方が多いんだ。 私達の物語にはまだまだ多くの恐怖に満ち溢れてるんだろう。 でも、その私達の物語の中には、確実に喜びの物語もあるはずなんだ。 そうでなきゃ、今の私達はこんなに笑えてないし、幸せにもなれてない。 音楽で繋がり合えて、想いを伝え合える事も出来なかっただろう。 だからこそ、私達はまた色んな物語を生きていく。 沢山の音楽と一緒に生きて、沢山の曲を歌を歌っていく。 奏でていく、想いを。 紡いでいく、心を。 私達はそうやって今を、今こそ歌い続けていくんだ。 この先、どれだけ辛い事があって、例え皆がバラバラになったって。 また何処か遠い世界ででも、再会出来た時に今みたいに笑い合えるように。 その先にある未来を、いつまでも信じて……。 だから、その時まで私達は、 いつまでも、ずっと……、 Yes, We are Singing NOW! おしまい 戻る あとがき これにて完結です。 長い作品となってしまいましたが、どうにか終わる事が出来ました。 ご愛読頂いた皆さん、どうもありがとうございました。 三日ほど置いておきますので、何かミスや分からなかった事があればお気軽にお訊ね下さい。 長い間、本当にありがとうこざいました! ※あれ、オチは? なし? この先の話も考えなくはなかったのですが、少し蛇足かと思いここで終了する事にしました。 中途半端に感じられたみたいで、何だかすみません。 この後も様々な事が起こりますが、全員、どうにか乗り越えていくはずだと思います。 ※唯は音が違うと言ってたから、唯の世界ではないと信じてたのに その箇所はこの世界は元の世界とはやっぱり違う…くらいの描写のつもりでした。 そういう考え方もありましたね。 そんな所まで細かく読んで頂けて嬉しいです。 ご指摘ありがとうございました。 これにて本当に終了です。 失敗した点も多かったと思いますが、 このSSを最後まで読んで頂けてありがとうございました。 これを糧にまた何かSSを書ければと思います。 皆様、本当にありがとうございました!
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18274.html
◎ 私達が連れ立ってホテルの部屋に戻ると、唯達三人は嬉しそうな顔で私達を出迎えてくれた。 私はこれまでの事情を説明しようとしたけど、 何を言うよりも先に梓と二人で風呂場に追いやられてしまった。 どうやら、私達の表情を見ただけで三人には全部の事が分かってしまったらしい。 唯の体調は心配だったけど、見る限りでは特に問題は無さそうだった。 と言うか、物凄い力で私達を風呂場に追い込んだのは唯だった。 元気そうで何よりなんだが……、元気過ぎないか? ひょっとして私と梓に話をさせるために、 体調が悪い振りをしてた……、っってのは考え過ぎかな? どっちにしても、唯が元気なのは嬉しい事だ。 追いやられた風呂場には既に湯が張られていた。 疲れてる身体をこの湯で癒せって事なんだろう。 ありがたい事にはありがたかったけど、何か凄く裏を感じる……。 絶対何か企んでるな、あいつら……。 まあ、勘繰ってみた所で私達に何が出来るわけでもない。 私達は肩をすくめながら、とりあえず服を脱いでありがたくお湯を頂く事にした。 服だけは濡れないように、こっそり扉の隙間から唯が回収してくれたみたいだった。 湯舟に浸かりながら、私と梓は特に会話はしなかった。 話す事はいくらでも湧いて来るだろうけど、今は二人で黙っていたかった。 考えたい事があったんだ。 お互いに考えているのは、多分、ライブの事だと思う。 ライブで演奏したい曲は決まってる。 『天使にふれたよ!』だ。 とりあえずだけど、この曲だけは梓と、皆と演奏したい。 私達の最後の曲を再始動の最初の曲にするのも悪くないし、 あんなに練習してた梓の歌声を聴きたいんだ。 聴かせたいんだ、皆に。 まだそんなに上手くなってるわけじゃないけど、聴いてほしいんだ。 この世界で、この世界だからこそ私達が辿り着けた音楽を。 私が梓と視線を合わせると、梓は静かに頷いてくれた。 考えが伝わっているのかどうかは分からないけど、多分、考えてる事は同じだった。 これでも一応新バンドの仲間なんだしな。 その点に関してだけは、唯達よりも梓の事を分かってる自信はあるぞ。 カラスの行水ってわけじゃないけど、私達は早めに風呂場から上がる事にした。 全身をちゃんと洗ってはいるぞ? でも、普段より急いで二人で洗い合ったのは確かだ。 気が早って仕方が無かったからだ。 皆とライブの話を、世界の話をしたかった。 ゆっくり湯舟に浸かってなんて居られなかった。 そうして、置いてあったタオルで身体を拭くのもそこそこに風呂場から出ると……、驚いた。 私も梓も目を見開いて息を呑んでしまっていた。 無いんだ。 何一つ無かったんだ。 その場にあるはずの物が消えてしまっていたんだ。 どういう事なんだ……。 いや、服の話だけどな。 唯に回収されたはずの服どころか、着替えの服すら置かれていなかった。 着替えの服くらい用意してくれてると思ったんだが……。 しかも、何処に行ったのか、唯達の姿すら見えない。 あいつら、私達にどういう罠を仕掛けたんだよ……。 仕方ないから私達はバスタオルを身体に巻いて部屋の探索を始める。 下着と服はすぐに見つかった。 と言うか、ベッドの上に二着置いてあった。 いや、置いてあったのはいいんだけど、その服は非常に不可思議な形状をしていた。 さわちゃんが縫いそうな奇妙な服ってわけじゃない。 ただ、何と言うか……、超ヒラヒラだった。 水色のヒラヒラのワンピースで、例えるなら赤毛のアンが着るみたいな服だった。 ……これを私に着ろって事か? 私がこの服に袖を通した姿をちょっとだけ想像してみる。 ………。 ……。 …。 無い無い無い! 超無いし! 超おかしーし! こんな服を着た日にゃ、一生、唯か澪に馬鹿にされ続けるわ! とんでもない罠だ! ムギは褒めてくれるかもしれないけど、それはそれで何か嫌だ……。 肩を落としながら梓に視線を向けてみると、梓もげっそりとした表情を浮かべていた。 流石に梓もこの衣装は嫌らしい……。 そういや、梓もそんなに女の子っぽい恰好をするタイプじゃないしな……。 私達の中では比較的スカートを穿く奴ではあるんだけどさ。 私と梓はその服をベッドに置くと、他の服を捜してみる。 確かベッドの横にまとめて畳んでたはずだったんだが……、やっぱり無かった。 この調子だと隣の部屋にでも全部隠してるんだろう。 私は溜息を吐きながら、部屋と部屋を繋ぐ扉のノブに手を掛けた。 この部屋に居ない以上、唯達は多分隣の部屋に隠れてるはずだ。 意外にも扉に鍵は掛けられてなかった。 呆気なく開いた扉の先には、意外な光景が広がっていた。 「……何やってるんだ、おまえら」 私は思わず小さく呟いてしまった。 後ろから身を乗り出して扉の先を確認した梓も微妙な顔をしていた。 それもそのはず。 ベッドに置いてあったのと同じワンピースを既に唯達三人が着ていたからだ。 準備がいいと言うか何と言うか……。 こいつら、自分達が着替えるためにも私達を風呂場に追いやったわけか……。 しかも、三人とも普段とは全然違う髪型をしていた。 ムギが襟足で二つ結びにしていて、澪も珍しい三つ編みにしてる。 そして、普段とは一番変わってる髪型にしてるのは唯だった。 私とそう長さが変わらない髪のくせして、無理矢理左右両側で三つ編みを結んでる。 しかも、眼鏡まで掛けてるとか、一体これは何なんだ……。 でも、ちょっと安心もしていた。 眼鏡こそ掛けてるけど、その唯が掛けた眼鏡は和と同じ眼鏡じゃなかった。 掛けていたのは太い黒縁の眼鏡。 田舎臭いと言うか古臭いけど、その唯の髪型にはよく似合っていた。 「何だよ、律。まだ着替えてないのか?」 そう言ったのは澪だ。 こいつ……、さわちゃんの衣装を着る時は一番嫌がるくせに……。 こんなの着られるか! と言おうかと思ったけど、やめた。 澪の奴、さわちゃんの衣装は嫌がるくせに、 こういう女の子女の子した服を着るのには抵抗の無い奴なんだよな……。 昔、ヒラヒラを私に着せようとした事も何度かあったしな……。 こいつには何を言っても無駄だろう。 ムギ……も駄目だな。 強要したりはしないはずだけど、褒め殺しで説得されちゃう気がする……。 だとすると、唯か……。 あんまり説得出来る気もしないけど、他に可能性も無いし、頑張ってみる事にしよう。 私はずれ落ちそうになるバスタオルを押さえながら唯に言ってやる。 「何なんだよ、おまえらのその服装は……」 「知らないの、りっちゃん? ワンピースだよ!」 「服の種類を訊いてるんじゃねーよ! どうしてそんな服を着てるのかって訊いてるんだよ! いや、おまえ達がワンピースを着るのは勝手だけど、 どうしてそのワンピースを私達が着なきゃいけないんだ……」 「そうですよ! 唯先輩! 人の服を隠してどういうつもりなんですか!」 私の言葉に続いたのは梓だ。 予想以上にワンピースを着るのを恥ずかしがってるらしい。 よし、流石の唯でも、梓の援護射撃があれば説得出来るか? だけど、梓の責めに珍しく唯は譲らなかった。 「えー、ワンピース可愛いよー。 あずにゃんのワンピース姿可愛いと思うよ? 私も澪ちゃんもムギちゃんも楽しみにしてるから、着て見せてよー……」 「……そ、そうですか?」 唯の言葉に満更でもなさそうに梓が呟いた。 弱っ! もう落とされやがった……! やっぱ梓は私よりも唯の事の方が好きなんじゃ……。 ……って、何嫉妬してるんだよ、私は……。 いや、嫉妬じゃない……はずだ……。 でも、私は自分に素直にならなきゃ……。 いやいや、今はそんな事はともかく……! 私は一息吸うと、少しだけ大きな声を出してやった。 上擦っていたたかもしれないけど、それは気にしない事にした。 「とにかく、梓はいいとしても私は嫌だぞ、あんなヒラヒラ! 何で私があんなヒラヒラ着なきゃいけないんだよ! 他の服を寄越せ、他の服をっ!」 「りっちゃんも着てみようよー。 折角のロンドンなんだし、ロンドンっぽい服装するのもいいと思うよー?」 「ロンドンっぽいのか、それっ?」 「だって赤毛のアンっぽいでしょー? 赤毛のアンってヨーロッパの話だよねー?」 唯も赤毛のアンっぽいって思ってたのか……。 それはそれとして、赤毛のアンってイギリスの話だっけ? 読んだ事ないから確かな事は言えないけど違ったような……。 「カナダだ、カナダ」 呆れ顔で突っ込んだのは澪だった。 そうか……、カナダだったのか……。 ヨーロッパですらねえよ……。 流石はメルヘン代表の澪しゃん。 赤毛のアンも既に読破しておられたか……。 そういや、澪の家で何度か見掛けた事がある気がするしな。 しかし、赤毛のアンを知ってても、読んだ事がある人ってどれくらい居るんだろう……。 少なくとも唯は読んでないみたいだが、まあ、それはどうでもいいか。 私は腰に手を当てて、はったりを大量に込めて唯に言ってやる。 「ほれ、やっぱりロンドンも何も関係無かったじゃんか。 だったら、私がそれを着る必要は無いよな? さあさあ、隠した私の服を出したまえ、唯隊員」 「ええぅ……? でもでも……」 唯は譲らなかった。 唯がこんなに食い下がるのは珍しかった。 でも、唯はどうしてこんなに五人お揃いの服にこだわってるんだろうか。 五人で同じ服を着る理由なんて……。 ……あっ。 そこで私はやっと気付いた。 そうだ。一つだけあった。私達が同じ服を着なきゃいけない理由。 それは……。 「ひょっとして、それ……、ライブの衣装……か?」 私が訊ねると、唯が少しだけ嬉しそうな顔になって頷いた。 澪とムギも唯に続いて頷く。 なるほどな。唯の奴が対バンとか言ってたから、すっかり勘違いしてた。 唯は最初から放課後ティータイムのライブをするつもりだったんだ。 そういや放課後ティータイム同士の対バンとも言ってた気がする。 対バンするにしても、あくまで放課後ティータイムとしてライブをするつもりだったんだ。 私は小さく息を吐いてから、唯の頭に手を置いて続ける。 「何だよ……。 それならそうと最初っから言えよな、唯。 澪とムギもだぞ?」 「ううん、澪ちゃんとムギちゃんは悪くないよ。 私が用意してたこの服でライブやりたいって言ったんだもん。 可愛い服だって思ったから、皆でこの服を着たかったんだ……。 でも、りっちゃんとあずにゃんは、こういう服苦手かなって思って……。 変な意地悪みたいになって、ごめんね、りっちゃん……」 唯が落ち込んだ様子で呟く。 衣装を勝手に用意してたって事もあるけど、まだ申し訳無さを感じてもいるんだろう。 この世界に私達を引き込んでしまった事にまだ責任を感じてるに違いない。 でも、唯がそんなに責任を感じる必要なんて無かった。 確かに始まりは唯が原因だろうけど、それを選んだのは多分私達なんだ。 私達が唯と一緒に居たかったんだ。 唯はそれを叶えてくれただけなんだ。 私は軽く唯の頭を撫でながら言ってやる。 「確かにこういう服は苦手だよ。 ヒラヒラしてて、無駄に女の子っぽくてわけ分かんねーし……。 でも、さ……、そんな事より皆でお揃いのライブ衣装を着れる事の方が嬉しいんだぜ? 折角唯が用意してくれた服なわけだし、ライブ衣装なら喜んで着るよ」 「いいの……?」 「いいって言ってんだろ? 妙に遠慮すんなよ、唯。もっと普段通り好きな事言ってくれよ。 おまえもおまえらしくやってくれた方が、私も嬉しいからさ」 「じゃ、じゃあ……、髪を……」 「あ、三つ編みは嫌だからな。 嫌だよ、あんな痛い髪型。三つ編みだけは断固断る。 それ以外なら従ってやらんでもないが」 「先を越されたっ?」 唯が悔しそうに唸り、それを見ていた澪達が楽しそうに笑った。 やれる事はやってやるが、出来ない事はちゃんと断る。 それこそが本当の仲間ってやつだ、多分。 「じゃあ、風邪をひく前に着替えちゃいましょうか、律先輩?」 梓が私の肩を軽く叩いて言った。 確かにそうだ。 三つ編みはともかくとして、冷える前に着替えなきゃ風邪をひいてしまう。 まあ、この私であって私でない身体が、風邪をひくのかどうかは分かんないけどさ。 梓がベッドに置いてある衣装に向かったのを見届けた後、 「じゃあ、着替えてからな」と言って私が部屋を繋ぐ扉を閉めようとした瞬間、 唯が最後にもう一つだけ私に小さな頼み事をした。 小さな事。でも、私としては結構勇気の居る唯の頼み事……。 少し躊躇ったけど、三つ編みよりはマシかもしれない。 私は頷いてからそれを受け取ると、扉を閉めて梓と一緒に着替えを始めた。 ◎ 五人並んで、ロンドンの街をゆっくりと歩く。 お揃いの水色のワンピースに腕を通して、 自分で言うのも何だけど、何処か古い神学校に通学する女生徒達みたいだ。 仮にも女子大生の身として気恥ずかしい感じもするけど、別に悪い気分じゃなかった。 皆でお揃いの恰好をするのなんて、高校の卒業式以来だ。 久し振りで懐かしくて、何だか嬉しい。 恰好だけじゃなく、皆の心も同じだったら、もっと嬉しいなって私は思う。 ただ同じ恰好をするのはいいんだけど、一つだけ問題があった。 それはやっぱり髪型の事だ。 梓は三つ編みを断らなかった。 普段からまっすぐな長い黒髪を結んでる奴だ。 恥ずかしい髪型ってわけでもないし、三つ編みくらい何でもないんだろうな。 梓の三つ編みは結構似合ってるし、新鮮でいいと思う。 でも、私自身の髪型にはちょっと納得がいってない。 今、私は前髪を下ろして、白い帽子を被っている。 三つ編みを断っちゃった気後れもあって、 唯から受け取った帽子なんだけど、被った後に鏡を見るとどうにも恥ずかしかった。 やっぱり前髪を下ろすのなんて、私には似合わないよな……。 苦し紛れにカチューシャを着けようとすると、それは何故か梓に止められた。 その帽子にカチューシャは似合わないって言うのが、梓の反対理由だった。 いや、まあ、それは私も分からないわけじゃないけどさ……。 仕方が無いから、思い切って前髪を下ろしたままで、 ワンピースに着替えて唯達の前に姿を見せると、唯に笑われてしまった。 私の髪型が笑われたってわけじゃない。 唯は私の被った白い帽子を指差して、くすくす笑った。 唯曰く、「りっちゃん、肉まん被ってるー」との事だ。 いや、この帽子被れっつったのおまえじゃねーかよ……。 怒っていいのか呆れていいのか迷ったから、とりあえず私は唯の頬を軽く抓っておいた。 ちょっと強めにしておいたつもりだったけど、唯は頬を抓られながら何故か笑っていた。 私もそれに釣られて笑ってしまった。 色々と納得いかなくはあるけど、唯がこうして笑ってくれるなら、別にいいのかもしれない。 今、私達が向かっているのは、私達が最初に転移させられた場所……。 私達がロンドンでライブをやったあの公園の広場だった。 向かっているのは、勿論これから五人だけのライブをするためだった。 私と梓は知らなかったんだけど、唯達はライブをするために既に楽器と会場の準備をしていたらしい。 新曲を私達に聴かせたがってた三人だ。 本当なら、もっと早く私達に新曲を聴かせたかったんだろう。 私だって聴きたいし、演奏したいんだから、これから楽器を集める手間が省けて助かった。 どんな楽器を用意してくれてるんだろうって一瞬思ったけど、その考えはすぐに振り払った。 心配する必要は無い。 唯達の事だ。 きっと私と梓にぴったりな楽器を見つけてくれているはずだろう。 そうして、私は歩く。 皆と肩を並べて、五人笑顔で歩いて行く。 私達のライブ会場へ。 前に進んでいくためのライブを開催するために。 大好きな音楽に包まれ、包み合うために。 半分くらいの距離を進んだだろうか。 「あ、そうだ!」と唯が何かを思い出したみたいに小さく叫んだ。 唯の事だから本気で忘れてたんだろう。 私が首を捻って「どうした?」と唯に訊ねてみると、 「ねえ、皆、私ね、ちょっとやっておきたい事があるんだ」って言って、 そのワンピースの何処に仕舞い込んでいたのか、細長くて白い物を取り出した。 一瞬、包帯かと思ったけど、そうじゃなかった。 唯が取り出したのは純白のリボン。 肌触りの良さそうな、優しい感触のリボンだった。 59
https://w.atwiki.jp/yu-gi-oh-2chdic/pages/109.html
遊戯王 フォルスバウンドキングダム 虚構に閉ざされた王国(ゆうぎおう ふぉるすばうんどきんぐだむ きょこうにとざされたおうこく) コンピュータゲーム 遊戯王 フォルスバウンドキングダム 虚構に閉ざされた王国 ゲームジャンル フィールドモンスターバトル 対応機種 ゲームキューブ 発売日 2002年12月5日 概要 公式ではフィールドモンスターバトルとあるが、実際はリアルタイムストラテジー(RTS)と呼ばれる海外で流行したゲームジャンル。 ただし恐らく対象年齢が低目のためか戦略や内政部分が簡略化されており敷居はそこまで高くはない。 OCGシミュレータでないことや、一部のオリジナルキャラクターの設定から、タイトルには無いが真DMシリーズを継承していると思われる。 遊戯編と瀬人編の二つの視点でのストーリーが選べ、両方クリアすると隠しシナリオである城之内編が登場する。 やたらと火攻めをはじめる遊戯編、いきなり民衆を虐殺するシナリオから始まる瀬人編とネタ要素も楽しめる。 会話シーンのキャラクターグラフィックはDM6及び真DMの物になっている。 ストーリー 遊戯編 バトル・シティでの戦いを終え、平穏な暮らしをしていた遊戯たちは新興のゲーム企業SIC社よりデュエルモンスターズをベースにした最新型シミュレーションゲーム「キングダム」のテストプレイに招待される。 早速ゲームを始める遊戯たちであったが、なんらかの陰謀かゲームの世界に閉じ込められ、クリアしないと現実の世界に帰れなくなってしまう。 謎の老人シモンによって、レジスタンスのリーダー「ユギ」であることを告げられた遊戯は悪の帝国が支配する大陸で壮大な戦いを繰り広げることとなる。 瀬人編 同じくSIC社に招待された海馬とモクバは海馬コーポレーションを退社した磯野と出会う。 遊戯たち同様ゲームの世界に閉じ込められてしまい、こちらは悪の帝国の皇帝ヘイシーンに仕える近衛騎士団長セトとしてモクバと共にレジスタンスの鎮圧へと向かう。 キャラクター 遊戯編では、シモン、本田ヒロト、獏良了、梶木漁太、孔雀舞、城之内克也、真崎杏子、エスパー絽場が仲間となり、敵である海馬も協力してくれるイベントがある。 敵側にはレアハンター、城之内、人形、闇獏良、パンドラ、シャーディー、リシドの原作キャラや、ダークネス、ヘイシーン、マァティス等の真DMシリーズでおなじみのコンバートキャラやオリジナルキャラたちも登場する。 今作では背景キャラの本田が割と目立つが、遊戯編で初期からレジスタンスに加わっているフィズディスが、全編通しても「ひ、ひどい………!!」と「ハイ!」としか喋らないため、背景成分は補完されている。そんな成分はいらない 瀬人編では、モクバ、ペガサス、ネクロマンサー(*1)、インセクター羽蛾、ダイナソー竜崎、イシズ・イシュタールが仲間となる。 その内、モクバとイシズ以外は当初敵として現れる。キース、闇の仮面&光の仮面、遊戯たちなども敵として登場する。 タイトルコールが存在するマリクは、遊戯編瀬人編両方をクリアしたときに現れる隠しシナリオである城之内編にてようやく登場する。 海馬はタイトルコールと《オベリスクの巨神兵》の攻撃時に高笑いしたりなど、妙なところでボイスに凝っている節がある。 一部のキャラは本人ではなくゲーム世界のキャラクターという設定であるが、各キャラクター性は比較的原作のテイストに近い。 固有名つきモンスター 同名モンスターでもユニット別に識別する必要上、複数存在するモンスターには固有名がついている。 青眼の白龍 青眼の白龍-アズラエル 青眼の白龍-イブリース 青眼の白龍-ジブリール ブラック・マジシャン ブラック・マジシャン ブラック・マジシャン・ザ・イービル ヂェミナイ・エルフ ヂェミナイ・エルフ-カチュア ヂェミナイ・エルフ-ローラ ハーピィ・レディ ハーピィ・レディ・アエロ ハーピィ・レディ・オキュペテ ハーピィ・レディ・ケラエノ ちなみに青眼の白龍は三体とも外見は全く一緒であるが、他の固有名つきモンスターはそれぞれ異なる。
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18224.html
◎ 白い校庭を梓と二人で歩く。 とても白い校庭、白い町、白い世界に私は目を細める。 白い世界……と言っても、実際に白いわけじゃない。 南中に近いくらい昇った太陽の光が、眩しいくらいに地面に降り注いでるだけだ。 そんな事は分かってるのに、 私は自分が白い世界に迷い込んだって感じの錯覚を振り払えない。 電灯が点いてないだけ、生き物の気配がまるでしないだけで、 周りの景色がこんなにも違って見えるなんて、こんな事になるまで思ってもみなかった。 こいつはどう感じてるんだろう、と少しだけ隣に視線を向ける。 まだまだ幼い感じの服を着て、ツインテールの髪型をしている後輩。 背が低い事も手伝って、その姿はとても高校三年生には見えない。 でも、きっと心の中は私より大人びてるんだろう、軽音部現部長の梓。 梓の言葉通り、今の軽音部は去年の軽音部より、ずっとすごい部に成長してるんだろうと思う。 手が掛かる後輩だった梓が今では立派な部長を務めてるなんて、 何だか嬉しくて、誇らしくて、くすぐったくて……、でも、同時に寂しい。 嬉しくて、寂しかったから、私は前みたいに梓に叱られたくなった。 部長になっても本質は変わってない梓の姿を見たかった。 『天使にふれたよ!』の歌詞みたいに、私達の変わらない居場所を感じたかったんだ。 帰りたい場所を再確認したかったんだと思う。 今は後悔してる。 梓に辛そうな顔をさせてしまったのもそうだけど、 さっき梓に案内されて、私達の三年の頃の教室を見せてもらって、より一層後悔した。 ほとんど何も変わってなく見える私達の教室……。 でも、少しずつ変わってる私達の教室だった部屋……。 張り紙の位置や、席の数や、机に掛けられてる荷物や……、 そんな色んな事がやっぱり少しずつ変わってたんだ。 私達の教室はもう無いんだな、って思った。 私達の教室を案内してくれた梓の表情からは、何も読み取れなかった。 その時にはもう辛そうな顔や寂しそうな顔をしてはいなかったけど、 梓が思ってるんだろう本心を感じる事も出来なかった。 一緒に居た時は敏感に気持ちを感じ取る事が出来てたはずなのに、 今では梓の奥底に隠された本心を読み取れなくなってきてるみたいだ。 ほんの少し離れるだけ。 ちょっとした別れを経験するだけ。 再会すれば、いつだって元の私達みたいに笑い合う事が出来るはず。 そう思えたから涙を見せずに卒業出来たのに、それは私の勝手な思い込みだったんだろうか? 短いはずだった四ヶ月という時間。 その時間は私達の想像していた以上に長い時間だったのかもしれない。 「どうでした、律先輩? 律先輩達が居た時から考えると、学校も色々変わってますよね? 私達は毎日通ってますから中々気付けませんけど、 でも、やっぱり少しずつ変わってるな、って思う事もあるんですよ」 梓が小さく微笑みながら呟く。 それは優しい微笑みだったのに、何だか不安になった。 梓はちょっとずつの変化を受け容れられてるんだろうか? 私達と離れてた時間も平気になって来てるんだろうか? そうして、ひょっとすると……、 いつか本当に私がドラムを辞めたとしても、 それを笑顔で受け容れてくれるようになるんだろうか……? 嫌な想像だった。 思わず身体と心が嫌な意味で震えてしまう。 ドラムをあんまり練習してないなんて、言うんじゃなかった……。 「律先輩……? どうかしたんですか……?」 多分、私が相当変な顔をしちゃってたんだろう。 心配そうな表情を浮かべて、梓が私の顔を覗き込んで来た。 その梓の表情はやっぱりとても優しくて、それが余計に私の胸を突く。 私は梓から軽く視線を逸らし、誤魔化すためにわざと茶化して言った。 「いやいや、何でもないぞ? 梓の言う通りに学校は色々変わってるみたいだけどさ、 そう言う梓自身の色んな所は変わってないなー、なんて思ってないぞー?」 「律先輩だって変わってないじゃないですか!」 胸元を腕で包み隠した梓が、頬を含ませて唇を尖らせる。 色んな所が変わっちゃった私達だけど、このお約束だけは変わらなかった。 胸の事とは一言も言ってないのに、それに気付く梓もお約束を分かってるよな。 安心しちゃいけない事なのかもしれない。 でも、私は少しだけほっとした気分だった。 実を言うと、梓の胸は若干、少しだけ、ほんの少し、微量、成長してる気もしないでもない。 ずっと会えてなかったせいかもしれないけど、いつの間にか梓も成長してるように見える。 身長は変わってないみたいだから、成長したのは胸だけになるのかな。 ……成長したのが胸だけって、何かエロいぞ。 ひょっとすると、誰かに揉まれて成長したのかもしれない。 梓が誰かに胸を揉まれてる様子をちょっと想像してしまう。 ……しかし、その相手が純ちゃんしか思い浮かばんな。 同性愛的な意味じゃなく、梓は純ちゃんによく胸を揉まれてる気がする。 その場面に遭遇した事はないけど、途轍もなくそんな気がする。 いや、絶対にそうだ。 何故ならば、私もよく澪の胸を揉んでるからな! ……自慢して言う事じゃないが。 そういや、気のせいかもしれないけど、 私が揉むようになってから澪の胸が成長し始めた気がする。 中学時代、膨らみかけの澪の胸が面白くて、 殴られながらも何度も揉んでやったからなあ……。 それで気が付いたら、今のサイズになってたんだよな。 そうか……。 あのボインは私が作り上げた物だったのか……。 くそう、こんな事なら私の胸も澪に揉ませておくべきだったかもしれん……。 「怒るなって」 ちょっと笑いながら、私は梓の頭に手を置く。 梓はもう少しだけ頬を膨らませていたけど、すぐに苦笑を浮かべて私に身を任せた。 それから、軽く頭を撫でると、梓は目を細めたみたいだった。 子供みたいなやりとりだけど、何だか嬉しくて心地いい。 こういう所だけは、お互いに変わってないんだよな……。 私は自分が笑顔になっていくのに気付く。 暑苦しいけど、何故か気持ちいい太陽の光が私達を包んだ。 風に揺れる木々の音だけが耳に届く。 煌めく空間と煌めく時間に二人は包まれる。 「何かさ、まるで……」 その時、私は私らしくないロマンチックな台詞を言おうとしていた。 普段なら、ロマンチック過ぎて笑っちゃうくらい歯の浮く台詞を。 その台詞はどうにか喉の奥でギリギリ止めた。 本当はその台詞を言って笑っちゃいたかった。 梓と二人でもっと笑顔になりたかった。 でも、その台詞は言えなかったし、言いたくなかった。 今言うと、洒落にならない台詞だったからだ。 『まるで世界に私達二人しか居ないみたいだな』なんて、 現実にはそうじゃないって事が分かってる時にしか言えるもんか。 本当に私達八人しか居ない世界で、そんな事が言えるもんか。 「まるで……、何ですか?」 梓が首を傾げて私に訊ねる。 まったく……、何で私はこんなに余計な事を口にしちゃうんだ……。 「え? あー……、その……だな……」 口ごもりながら、必死に頭の中で言い訳を考える。 こんな時にわざわざ梓を不安にさせる事を言う必要なんてない。 どうにかそれっぽい事を言って、誤魔化さないと……。 そうだな……。 「まるでデートでもしてるみたいだな」とでも言ってしまおうか。 それなら梓も呆れた顔で、「何、言ってるんですか」と苦笑してくれるだろう。 まあ、梓もムギみたいに『女の子同士っていいな』って思ってる可能性もある事にはあるけどさ。 でも、例えそうだとしても、梓が好きなのは唯か澪か純ちゃんになるはずだ。 だから、大丈夫。 そう言って、軽い笑い話にしてしまおう。 「まるでデートでもし……」 そこまで私が口を開いて言った瞬間だった。 さっきまでより、少しだけ強い風が吹いた。 一陣の……、風が……。 不意に。 どうしようもなく不安になって、 気付けば私は梓の身体を自分の胸元に強く引き寄せていた。 強く強く、梓を抱き締めていた。 強い風と人が居なくなった事には、因果関係なんかない。 和の言葉じゃないけど、色んな現象を繋げて考えるには情報が少な過ぎる。 でも、そんな事は関係無かった。 もう誰にも消えてほしくない。 今は幸いにも私と仲が良い皆が残っているから、どうにか耐えていられる。 何とかかんとか、正気でいられる。 これ以上誰かを失ってしまったら、私はきっと耐えられない。 私だけじゃなく、唯も澪もムギも梓も憂ちゃんも純ちゃんも和も絶対に耐えられない。 だから……、これ以上、誰にも居なくなってほしくないんだ……! 風は一瞬で吹き抜けていった。 あっという間だ。 三秒も吹いてなかっただろう。 でも、とても長い三秒だった気がする。 恐る恐る私は胸の中に抱き寄せた梓に視線を向ける。 ……よかった、と私は小さく溜息を吐く。 私の胸の中には、梓が小さな身体が変わらずあった。 安心したと同時に、違う不安が私の中に湧き上がってくる。 突然抱き寄せちゃったから、梓を驚かせちゃったかもしれない。 無我夢中だったけど、どうにも風がトラウマになっちゃってるよな、私……。 「いきなり悪かったよ、梓……。 ちょっと風が強かったからさ、それで……」 言いながら、私は胸の中の梓を解放しようと手を離す。 でも、梓の身体は何故か私の胸元から離れなかった。 そこで私はようやく気付いた。 私が抱き寄せたみたいに、梓も私の背中に手を回してたんだって事に。 「あず……さ……?」 状況が呑み込めずに、私は間抜けな声色で呟いてしまう。 腕の力は弱めず、強く私の背中に回したままで梓は囁いた。 「大丈夫ですよ……」 「大丈夫……?」 「私はここに居ますから。ここに居るんですから。 律先輩だって私の腕の中に居ますよ……。 だから……」 それは私に伝えてくれた言葉だったのか、 それとも梓が自分自身に言い聞かせていた言葉だったのか……。 どっちかは分からなかったし、どっちでもよかった。 今は二人、まだこの世界に居られてるって事が嬉しい。 私が梓を失う事が恐くて仕方が無いように、 梓だって少なからずは私を失う事を恐がっているんだろうから……。 ◎ グラウンド横のベンチに梓と二人で座り、静かに空を見上げる。 強い風が吹いた後、私と梓かのどちらともなく、 手を引き合っていつの間にかベンチに腰掛けていた。 私の右手には梓の左手が重ねられている。 私は梓のその手を払わずに、梓の体温を感じる。 手を繋ぐ。 心を繋ぐ。 お互いが隣に居るんだって事を、二人で実感し合いたかった。 私達の視線の先には、 人が居なくなる前と何も変わらなく見える青空が広がっている。 眩しくなるくらいの青空。 雲一つ無いってわけじゃないけど、ほとんど快晴って言ってもいい爽やかな空。 梓と二人で見上げられる青空。 こんな状況でさえなければ、どんなによかっただろう。 でも、久し振りに梓と二人で空を見上げられるのは嬉しくて……、 少し照れ臭かった。 実を言うと、高校時代、梓と二人きりで話す事は少なかった気がする。 梓と二人きりになるのを避けてたわけじゃない。 何となくタイミングが合わなかっただけだ。 まあ、普通に考えれば、そりゃそうなるよな。 二年の頃は唯とムギと三人で、三年の頃は澪を含めた四人で部室に行ってたんだ。 梓とは部室で顔を合わせるのがほとんどなのに、 これじゃ梓と二人きりになるタイミングなんて、そうは出来ないだろう。 だったら、休日に梓を呼び出して二人で遊べばいいんだろうけど、 そこまでして梓と二人きりになる理由なんて無かったし、そうするのはどうにも気恥ずかしかった。 梓には梓の付き合いもあるだろうし、 いつも顔を合わせてるのに休日まで先輩から呼び出すってのもな……。 思い返してみると、二人きりじゃないけど、プライベートな梓と遊べたのは、 ハンバーガー屋で憂ちゃんと一緒に居た梓を見つけた時、それと花火大会の時くらいになるのかな。 ……いや、もう一回くらいあったっけか……、とにかく、そんな所だろう。 今はそれをちょっと後悔してる。 照れたりせずにもっと梓を遊びに誘ってればよかったんだ。 二人きりで話す機会も増やせばよかったんだ。 そうすれば、私はもっと梓の事を考えてやる事が出来たんだろうから……。 だけど、まだ遅くない。 遅くない……と思う。 こんな状況になっちゃってはいるけど、 梓と二人で話す事は絶対に無駄にはならないはずだ。 私達の心の中に居座る不安だって、少しは晴らしていけるはずなんだ。 だから、もっと梓と話したい。 少なくとも、私と私達が音楽と梓の事を忘れてない事だけは伝えたい。 何があったって、私達を繋げてくれた音楽だけは絶対に忘れたくないんだって。 緊張して鼓動する心臓を抑えながら、私はどうにか小さく口を開く。 「なあ、梓……」 「何ですか、律先輩……?」 視線を空の方に向けたまま、梓が小さく呟く。 一見、私の事なんて興味無さそうに見える梓の素振り。 でも、それは違うんだって事は、私の右手を強く握る梓の左手から強く感じられた。 私が恐いのと同じ様に、梓だって恐いんだ。 これ以上誰かを失ってしまう事が。 勿論、私だけじゃなく、残った誰かの一人でも欠けてほしくないと感じてるはずだ。 だから、梓は私の手を強く握って、でも、私の方に視線を向けないんだと思う。 三日前、人の姿が消える瞬間を直接目撃したのは梓だけだ。 その衝撃がどれくらいのものだったのか、経験してない私には分かりようもない。 でも、すごく恐かったんだろうって事だけは分かる。 それこそ何もかも信じられなくなったはずだ。 そこにあったはずのものが一瞬で消え去ってしまったんだから。 でも、まだ一つだけ信じられるものがあって……。 だからこそ、梓は私の手を握ってるんだ。 まだ一つだけ信じられるもの……、 それは多分、誰かの温もり、誰かの体温なんだろう。 元々、誰かの肌の温もりに弱い所がある梓だけど、 世界から生き物が消えてしまってから、その様子が更に目立つ様になった気がする。 純ちゃんに撫でられた時も、普段よりは抵抗してなかった気もするしな。 それはきっと、生き物が消える瞬間、梓が唯に抱き締められてたからだと思う。 もう目も耳も信じられない。 自分を包んでくれていた人肌の温度以外は……。 そう考えているから、梓は私と手を繋いだまま離さないんだ。 手を繋ぐ事で皆の心を繋いで、この世界に皆の存在を繋ごうとしているんだろう。 私の勝手な推測だけど、それは多分、間違ってないはずだ。 その考えは、嬉しくはある。 どんな形でも、私が梓に必要とされるのは嬉しい。 でも、それ以上に寂しかった。 私達の体温、肌に触れる物しか信じられないって考え方は、 私にとっても、梓にとっても寂し過ぎるじゃないか。 それじゃ私達を繋げてくれた音楽が、意味を失くしてしまうって事になるじゃないか。 だから、私はそれを言葉にしようと思った。 上手く伝えられる自信は無いけど、どうにか言葉にして届けたかったんだ。 「さっきさ、私、ドラムの腕が落ちちゃってるかも、って言ったよな……? 忙しかったのは本当だし、卒業前より腕も結構落ちちゃってるって思うよ。 でも……、でもさ……、私、ドラムはちゃんと続けてるんだぜ……?」 言い訳っぽかったとは、自分でも思う。 梓が悲しそうな顔をしたから、無理な言い訳をした。 そう思われても仕方が無かったけど、嘘は一つも言ってなかった。 途轍もなく嘘っぽいかもしれないけど、嘘なんかじゃないんだ。 その想いは少しでも梓に伝わったんだろうか……? 梓と繋いでる手のひらに汗が滲み出て来るのを実感する。 勿論、夏の熱気のせいなんかじゃない。 緊張から出た汗が手のひらを濡らしていく。 汗に濡れた私の手を握る梓は嫌な気分になってるんじゃないかって、 そんな事を考えてる場合じゃないのに、また汗と一緒に不安が溢れ出て来る。 不意に梓が私と繋いでいた手を離した。 一瞬、自分が泣きたい気分になるのを感じる。 やっぱり私の言葉は信じてもらえなかったのか? 嫌な汗に濡れた手なんて繋ぎたくなくなったのか? ひどく、胸が痛い。 でも……。 梓は離した手ですぐに私の手を掴み、 私の手のひらを上に向けてから私の方に顔を向けた。 その顔には晴れやかとまでは言えなかったけど、優しい微笑みを浮かべていた。 「分かってますよ、律先輩……。 練習嫌いな律先輩ですけど、 ドラムが好きなんだって事は私だって分かってます。 腕が落ちてるかもって律先輩から聞いて、 さっきは驚きましたけど……、不安だったんですけど……、 でも……、律先輩と手を繋いで気付けました。 ドラムの練習を続けてくれてるんだな、って。 だって、ほら……」 言いながら、梓が右手を伸ばして私の右の手のひらに触れる。 主に指の付け根……、まめになって皮の剥けて所を触りながら、梓はまた微笑む。 「もう……、律先輩ったら……。 練習……してるじゃないですか……。 こんなにまめも作って、厚くなってるはずの皮まで剥けてしまうくらい……。 律先輩ったら、もう……」 胸が一杯になってしまったんだろうか。 それ以上、梓は言葉を続けなかった。 言葉はもう必要無いと思ったのかもしれない。 確かにそうだった。 私がいくら言葉にしても言い訳にしかならなかったのに、 私の手のひらは私の言葉以上に私の想いを梓に届けてくれた。 梓の言葉通り、私の手のひらは最近の猛練習で結構ボロボロだ。 女子大生としてはどうかと思うけど、梓を安心させられたならそれでいいのかもな。 9
https://w.atwiki.jp/83452/pages/18257.html
私の質問には、ムギが自信なさげに応じてくれた。 「薬はのませたのか?」と聞こうと思ったけど、すぐに私は口を噤んだ。 ムギは「風邪だと思う」って言ったんだ。 風邪って確証も無いのに、勝手に薬を飲ませていいものなのか、私は知らない。 気が付けば、机の上には沢山の薬の箱が置かれていた。 箱には英語が書いてある。 当然だ。ここはロンドンなんだから。 封が開いてないのを見る限り、唯にはまだ飲ませてないみたいだ。 勿論、ムギに英語が分かってないからじゃない。 副作用を考えて、服用させるのを自重してるってだけだって事はすぐに分かった。 ムギはずっと私達が病気になるのを心配してた。 私は知ってる。 私と街を回ってる時、辞書を片手に必要になりそうな薬を探してくれてたって事を。 それも私達に病気を連想させないように、隠れて探してくれてたって事を。 ……当然だけど、ムギは私達が思う以上に、私達の事を考えてくれてるんだ。 それだけにムギが辛く思ってる事もよく分かった。 薬だけはどうにか集められたけど、 肝心な処方のタイミングが分からないんだろう。 でも、それは仕方が無い事だ。 ムギだけじゃなく、私達には簡単な医療の知識すら無いんだから。 病気の事なんか、私達には何も分かってないんだ……。 ムギが拳を握り締めて、絞り出すような言葉を出し始めた。 ムギらしくはないけど、言わずにはいられない事だったんだろう。 「ごめん……、ごめんね……。 皆に病気や怪我に気を付けてって言っておきながら、私……。 何も出来なくて、ごめんね……。 本当にごめんね、唯ちゃん、りっちゃん……」 ムギのせいじゃないよ、とは言えなかった。 多分、ムギはそんな言葉を望んでない。 それが私の本心からの言葉でも、きっとムギはもっと傷付くだけだ。 私がそうだったみたいに……。 私は何も言えなくて、自分自身の無力を感じながら、 それでもどうにか横になってる唯の顔に視線を向けてみる。 唯はかなり赤い顔をしていた。 寝息こそ立ててはいるけど、たまに乱れる呼吸がとても苦しそうだ。 部屋の外で待っててもらってる梓によると、 そんなに重い病気じゃなさそうだとは言っていた。 熱も38℃前後だし、咳やくしゃみが多いわけでもないらしかった。 大した病気じゃないはずなんだ。 環境が一変してしまったから、単に体調を崩してしまっただけのはずなんだ。 だけど、それが確定したわけじゃないって事は、梓もムギも分かってるみたいだった。 私達は病気の事について何も知らない。 想像以上に、何も分かってない。 私達に出来るのは、ただ傍に居て看病する事だけだ。 それ以外、何も出来ない。 それがすごく……、不安だ……。 それにしても、無理のし過ぎだよな、唯……。 自分の体力の限界も知らないとか、小学生かよ……。 でも、思い返してみれば、唯が体調を崩す兆候はあった。 ロンドンに転移させられた次の日、唯は午前中しか行動出来てなかった。 あの唯が、午前中しか動けてなかったんだ。 私はその事に気付くべきだった。 いや、気付いてはいた。 でも、自分の事ばかり気に掛けてて、私はそれを気にする事が出来なかった。 自分の弱さに耐え切れず、梓の優しさに甘えちゃってたんだ、あの日は……。 何処までも自分本位な自分自身が情けなくなる。 だけど、一つ深呼吸。 もう迷わない。 唯が疲れてるなら、唯が辛いなら、私はその手助けになろう。 皆の足手纏いにならないよう、精一杯生きよう。 それがこの世界で私に出来る唯一の事だと思うから……。 私は腕を伸ばして唯の額に手のひらを置いてみる。 ……熱い。 大体38℃くらいらしいけど、そうとは思えないくらい唯の額はすごく熱かった。 こんなに無理して……、強い意志を持って……、 思い出を守ろうとしてたんだな、こいつは……。 これが私の選べなかった選択肢を選んだ唯の姿……。 私と唯のどっちが正しいのかは分からない。 でも、せめて唯の選択肢だけは、私自身も含めて誰にも否定させたくない。 「……ん……? あ……、りっ……ちゃん……?」 呻くような唯の声が響く。 どうやら目を覚ましてしまったらしい。 私の手のひらが冷たかったんだろうな。 折角さっき寝付けたらしいのに、何だかとても申し訳ない。 私は唯の額を撫でながら、小さく囁いた。 「悪い……。起こしちゃったみたいだな……。 体調は……、まあ、悪いんだろうけど、休む邪魔しちゃってごめんな……。 寝るのに邪魔みたいだったら、すぐ隣の部屋行くからさ」 「いい……よ、りっちゃん……。 りっちゃんの手、小さくて、冷たくて、気持ちいいし……。 傍に居てくれて、嬉しいし……。 だから……ね? りっちゃんが邪魔だなんて……、私、思ってないよ……?」 「そっか……、ありがとな……」 軽く唯の頭を撫でる。 やっぱり、かなり熱い。 今のだけでも、結構無理をさせちゃってるんだろう。 私は唯に休んでもらうため、それ以上何かを言うのはやめておいた。 「唯ちゃん、平気? 痛い所とかない? 水枕代える? 今、氷を切らしちゃってて、ごめんね……。 もうすぐ新しい氷が出来るはずだから……」 ムギが泣き出しそうな表情で唯に訊ねる。 自分に何も出来てない事を悔しく思ってるんだろう。 でも、悔しいのは私も同じだった。 ムギはずっと心配してくれてた。病気の心配をずっとしてた。 私はこんな事態になるまで、それを考えないようにしてた。 病気になったら大変なんだって、そういう事を考えないようにしてたんだ。 怖かったから……、逃げてたんだ……。 逃げてばかりいた私。でも、もう逃げられない。 向き合わなきゃいけない、ムギを見習って、私も……。 呻きながら、それでも、唯はムギに笑顔を向けて言った。 こんな時なのに、普段と同じ幸せそうな微笑みだった。 「いいよ、ムギちゃん。 ありがと……。いつもすまないねぇ……」 「えっ、えっと……」 突然の言葉にムギが面食らった表情を見せる。 まだ突発的なボケに対応出来るほど、ムギは突っ込み体質じゃないんだよな……。 私は唯の額から手を離して、ムギの耳元で囁いて教えあげる。 ムギは頷くと、妙に真剣な表情で唯に言った。 「そ……、それは言わない約束でしょ、おとっつぁん……!」 いや、突っ込みじゃなくて重ねボケだったか? まあ、いいや。 とにかくムギがそう言うと、唯がまた幸せそうに笑った。 それを見て、ムギも遠慮がちに……、でも確かに笑う。 唯はこうして皆を笑顔にしていくんだよな。 どんな時だって、こんな時だって……。 私も、こんな風に誰かを笑顔に出来るんだろうか……? 今は無理かもしれないけど、いつかはそうしたい。 そうしてみせたい。 でも、不意に。 唯が私の手を握った。 何か用があるのかと思って唯の方に視線を向けて、驚いた。 唯が泣きそうな顔をしてたからだ。 さっきまでの笑顔を消して、辛そうな表情だったからだ。 私は突然の事に声を出す事が出来ない。 そんな私を見ながら、唯は私の手を強く握って言った。 「ごめん……。 ごめんね、りっちゃん……」 最初、唯が何を言ってるのか分からなかった。 謝られてるんだって気付いたのは、それから十秒くらい経ってからの話だ。 でも、気付いた所で、何で? としか思えなかった。 何でだ? 何で唯は私に謝ってるんだ? 体調を崩した事を謝ってるのか? でも、それなら、私の方こそ唯に謝らなきゃ……。 慌てて私は唯に返した。 謝る必要は無いんだって、唯は間違ってないんだって。 そう伝えようと思って。 「そんなに謝るなって、唯。 ゆっくり休んで美味い物食っときゃ、すぐ元気になれるはずだからさ。 だから、そんな悲しそうな……」 「ごめん……。ごめんね、本当に……」 「だから、唯……」 「本当にごめんね……」 それから後も、唯は何度も「ごめん」と繰り返した。 私はムギと顔を合わせて、二人で首を傾げてみたけど、 どうして唯がそんなに謝るのか、二人とも分からなかった。 唯が謝っている本当の理由……。 唯の言う「ごめん」は体調の事だけじゃなくて、 二重三重の意味が込められてたんだって気付いたのは、 それからしばらく後、唯の体調が今よりずっと悪化してからの事だった。 ◎ 「どういう事なんだよ……。 どうなってるんだよ……」 焦りや不安や無力感……、色んな感情が私の中を巡る。 原因は唯の体調だった。 唯が体調を崩して三日の間、 私達はロンドンの探索を一旦中断して、交代制で唯の様子を見ていた。 ムギが見つけた医学書を翻訳して唯の診断をしてみた結果、 恐らくは単なる風邪なんだろうって事になった。 生き物が居ないこの世界にウイルスが居るのかって話だが、 厳密には生物じゃないらしいウイルスならこの世界にも存在出来てるのかもしれない。 いや、そんな事はどうでもいい。 とにかく唯は単なる風邪のはずだったんだ。 だけど、唯の体調は全然治らなかった。 治らないどころか、悪化するばっかりだ。 声を出す事すら辛そうになってるし、 寒気も感じてるみたいだし、熱なんかさっき計ったら40℃もあった。 40℃だぞ? 確か私も一度40℃の熱を出した事があったけど、 あれは思い出すのも嫌になるくらい辛かった覚えがある。 あの時はこのまま死んじゃうんじゃないかって本気で思った。 いや、死にはしなかったから、今ここに私が生きてるわけだけど……。 でも、その想像は私の背筋に寒気を感じさせた。 死ぬ……? 唯が……? いやいや、そんな事があるか。 そんな事があってたまるか。 だけど……、考えてしまう。どうしても悪い方に考えてしまう。 前に聞いたムギの豆知識が頭の中に何度も浮かぶ。 ムギが言うには、人間は体温が41℃を超えると意識を失ってしまうらしい。 そして、42℃を超えた時には、身体中の蛋白質が固まって死んでしまうんだそうだ。 42℃……、つまりあと2℃。 あと2℃体温が上がると、唯は死んでしまうんだ。 唯が……、死んで……。 死……。 だから、違う違う! 唯は死なない! 殺しても死ななさそうな唯だぞ! そんな唯が死ぬはずがあるか! 死なせるもんか! 唯にまで居なくなられてしまったら、私は何のために……。 何のために和達を忘れようと……! 私は椅子に座って拳を握り締めながら、 でも、それを何処かに叩き付ける事も出来ず、私は汗を掻く唯にじっと視線を向ける。 唯は真っ赤な顔をして、喘ぐみたいに呼吸をして、呻いていた。 眠っているのか、意識が朦朧としているのか、それすらも判断出来ない。 それくらい、消耗してしまっている。 誰だよ、風邪をひいた事無いって言ってた奴は……。 こんなになっちゃって……、 こんな状態になっちゃってるじゃないか……。 私の焦りや不安を感じ取ったんだろう。 私と一緒に唯の看病をしてる澪が、私の肩に軽く手を置いた。 視線を向けると、澪は気丈な姿で私に真剣な表情を向けていた。 唯を起こさないよう、小さな声で囁く。 「もうおまえも休め、律。 そろそろムギとの交代の時間だろ? そんな調子じゃ、律だって参っちゃうよ……」 澪が気遣ってくれるのは嬉しかったけど、私は首を横に振った。 確かに澪の言う通り、交代制なのに私無理言って唯の看病に半日くらい付き添ってる。 勿論、私に何が出来てるわけじゃない。 汗を拭いたり、たまに唯が落ち着いた時に会話をするくらいだった。 それは唯のためだったけど、それ以上に私のためでもあった。 休もうとしたって、唯の事が気になって休めるわけがない。 唯の苦しむ姿を思い浮かべるだけで、不安に押し潰されてしまいそうになる。 だから……、唯の傍から離れたくない……。 でも、澪はもう一度、私に諭すみたいに言った。 「頼むよ、律……。 唯の事は勿論心配だけど、私はおまえの事だって心配なんだ。 風邪って決まったわけじゃないけど、 もし唯が本当にウイルス性の風邪だったらどうするんだ? 律まで体調を崩して寝込んじゃったら、どうするんだよ? そんなの皆に迷惑じゃないか」 皆に迷惑……。 そう言われてしまうと弱かった。 その通りだ。全くその通りだ。 私はまだ皆のために何も出来てない。 いや、出来てないどころか、むしろ迷惑しか掛けてない気がする。 辛い……、それが本当に辛い……。 皆の手助けが出来てない私に、一体どんな存在価値があるって言うんだろう……。 胸の痛みを感じて、私は視線を伏せる。 言い過ぎたと思ったのか、澪が腰を下ろして、 私の伏せた視線と同じ高さになって、悲しそうな声を出し始めた。 「ごめんな、律……。 でも、言い過ぎたとは思ってないよ。 皆、唯の事を心配に思ってるし、看病したいと思ってるんだ……。 それでも、我慢してるんだよ。 唯と同じくらい、律の事だって心配してるから、我慢してるんだから……」 心配? 私は皆に心配掛けちゃってるのか……? 私が皆を心配したいのに、逆に私の方が……? やっぱり、私は皆の足手纏いなんだろうか……。 だけど……。 「でも」、と私は澪に言った。 「でも、私、思うんだよ……。 もっと早く唯の様子に気付いてやればよかったって。 私は自分の事ばかり考えてたから、唯の体調の変化に気付けなかったんだ……。 唯が憂ちゃんみたいな髪型をし始めた日からじゃなくて、 もっとずっと前から、唯を気に掛けてやればよかったんだ。 気に掛けたかったんだ……。 そうすれば、唯はこんな事には……」 「それは……、律の責任じゃないだろ? 唯の異変に気付けなかったのは、私達も同じなんだから……。 特に憂ちゃんの髪型を真似した次の日から、唯の様子は特におかしかったらしい。 梓に聞いたんだけど、唯は体調を崩す前、 ずっとホテルの周りを徘徊してたらしいんだ。 梓達と一緒に家事をしてる時でも、 気が付けば姿を消して、ホテルの周りを徘徊してたらしい。 何度注意しても、それだけはやめてくれなかったみたいだ。 もしかしたら、私達が寝てる時にも、部屋を抜け出してたのかもしれない」 それは知らなかった。 私はやっぱり唯の事について、何も知らない。 過去を捨てて、皆の未来を守ろうって決心した後でさえ……。 「何だよ、それ……」 それは唯に向けた言葉じゃない。 自分に向けた言葉だ。何も出来ず、何も知らなかった自分に対する言葉だった。 でも、澪はそれを唯に向けた言葉だって思ったのか、 少し目を伏せて、辛そうに言葉をこぼすみたいに続けた。 「そんな風に言わないでやってくれ、律……。 唯だって精一杯なんだ。 精一杯、この世界で何が出来るか探してるんだよ。 勿論、私達だって……」 「いや、今のは……、唯に言ったんじゃなくて……」 「それでも、だよ。 律、最近、無理し過ぎだよ……。 ううん、最近じゃないな。 ずっと……、この世界から生き物が消える前からずっと……。 律はずっと皆のために頑張ってくれてるって、皆分かってるから……。 だからね……、そんなに自分を追い詰めないで……」 頑張ってるのを、皆が分かってくれてる……? 嬉しいけど、分かってくれてても、それだけじゃ駄目なんだよ、澪……。 皆の役に立てなきゃ、駄目なんだ。怖いんだ。 何より、自分自身がそんな自分を許せないんだ……。 勿論、それを声に出しては言わなかった。 言っちゃいけない。 そんな私の想いまで、澪に押し付けちゃいけない。 そういう事は、自分の中で抱えてなくちゃいけないんだ……。 42
https://w.atwiki.jp/majikon/pages/24.html
マジコンでドラクエIX遊んでて、おもしろいですか? コレ、別にイヤミで訊いてるわけじゃないんですよ。マジコンで遊んでても面白いんだったら、お店で製品を購入して、 いろいろ試行錯誤してスキルを極めていったり、レベル上げの時間を費やしたり、いい武器や防具が手に入るまで宝の地図に潜りながら、 ときには友だちとマルチプレイをしたりしながらしたほうが、ゼッタイ面白いですって。 まあ、これは正論 モラルやその延長線上にあるルールを法制化すると国が出来上がる。 単に人が集まっただけでは、サルにも悖る 人が痛がる、悲しむ様な事は慎みましょう、コレが国家の根底 但し、国家を守る為に別の国家と争うと言う構図、コレはまた別な話。 解り易かったかな? むしろマジコンを進められて困ってるって小学生がいたな DS持ってないとはぶられるって話も聞いた 悪いことしててもどうせ皆使ってるからとか自分は大丈夫とか思ってるんだろ 麻薬にしてもマジコンにしても飲酒運転にしてもこれだけ話題になってるのに全く減らない 任天堂が金ばら撒いてさっさと違法化すればいいのに、それで生贄に100人程度捕まえればいい 本屋でページを撮影するのはデジタル万引きというらしい モノはなくならないが需要がなくなる それといっしょだわな やってることは集団万引き 泥棒いわく、「みんなやってる」っていうのと一緒だな。 クズの周囲にはクズしかいない。 で、P2Pで違法コピーを収拾する奴がマジコンも使う。 そんなゴミ虫が一般人なわけないだろう。むしろ中国人。 いや、でも泥棒が中国批判しちゃったりしているから、もっと最低なクズゴミだな。 一番の問題点は、一度タダでゲームをプレイする事を覚えると、もう金を払ってプレイしなくなる事だと思う。